円卓のダンスール(原題:アダージョ)
  (BGM ON)   H-MIX:聖堂のレリーフ



貫くなら それで いい
裁かれるなら お前が いい
生かすもコロスも お前次第…

…いや、 そうじゃない、か
運命を握るのは お前の無垢な手…

俺は いつも お前に選び取られる
その場所に 立ち続けよう

お前が希む その時に、
すぐに お前の手に届く

この、場所に…

画・リリック:ナターシャ)

***

それは “ステージ”ではない。

酒場がもてあまし、隅に追いやった
古く、しかし 頑丈なつくりの 円卓
装飾を施した 脚
不必要なほどの大きさ

店の明かりも 届きにくいその円卓に
まるで艶やかな豹のように音もなく 飛び乗る ダンスール

目を閉じ、しばらく ――
リズムは彼の中に呼び覚まされる。
彼は 規則正しく足慣らしを始める

酒場の喧騒は ダンスールに目もくれない

仮面と外套で身を包む
俺以外は・・・

興の乗り始めたダンスールは
シャツを脱ぎ去り
美しい肉体を曝す

跳躍の瞬間のまばゆいばかりの輝き
かと 思うと
自らを掻き抱き
それ以上ないほどの黒い影を纏う

迷っているのか?

ふと 彼は
彼を凝視する俺に目を向ける

まるで 段差などないように
なめらかに円卓から降りて
視線をそらさずに
近寄ってくる

俺も目をそらすことができない

手がのび
外套を剥ぎ
一呼吸おいて
仮面をとる

彼の手のなすがままにしていた俺だが
そのときはじめて
彼の目が 不思議な灰味をおびた青だと気付く
微妙に揺れる瞳は
えもいわれぬ 感情を湛えていたのだ

哀しみなのか
憐れみなのか
迷いなのか

「どうした?」
俺はたまらず 問う

答の代わりに 彼は言った
「その問いは アンタにかえす。
どうした?」

そして 俺の頬に手のひらをあて 続けた

―― 大丈夫だよ
と。



***

「手を 離すな!」

自分の声に驚いて 跳ね起きる

(縋(すが)っている・・)

誰にも縋らないと
決めていた
ひとりで十分だと思っていた。

仲間はいた。
憧れもあった。
けれど 深入りは危険だと
他人とのつながりを求めても 無駄だと
内なる自分が 忠告する。

それは 失うことへの怖れの裏返し

俺は 感情を伏せ
言葉を押し込める

***

「どうしたの」と
夢ではない声がささやきかける

答をまたずに 
声は ふたたび寝息に紛れる
口許にわずかな微笑を残して・・・

そうだ
俺は・・・その微笑を守りたいのだ。

***

まもなくはじまるお前のバリアシオン
見せ場はお前のために開かれる
跳べ
そして 舞え

お前が俺の手を支えにすることを
俺は無上の悦びとするだろう

そして ふたたびユニゾンを奏でられることを
許されたい

偽りの仮面を被ってきた

他を そして自らを欺いてきた罪を
今 悔い 
そして
お前の道しるべとなるべく
灯りをともし続けることを
誓う








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