境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
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*国境の町***






この国の中央に広がる平原地帯を、多く見積もっても3日で走り抜ける予定だったが、
途中、軍隊の指示により迂回を強いられることが数度あり
ニシュに到着するのに1日よけいにかかってしまった。

ニシュは すでにアルプス山系を後ろに控えた斜面にある
見た感じは おだやかな古い町だった。

ピックアップトラックのテオにもらったメモを昼食をとったカフェで見せると
そこは もっと 山際に入った所であることがわかった。
しかし それを教えてくれたおやじが
住所をみて 苦々しい顔をしたのが気になる。

「なにかあるのか?」
「アンタ、 連合国のヒト?
連合国は我々の政府を後押ししてくれてるからいいんだが、
“川向こうの”あのあたりは 反政府派の住民が多くてね
国に面倒をみてもらっているくせに、いい気なもんだよ、まったく」

カフェのおやじがいうには
宗教は宗派がことなり 象徴とするクロスの形も珍妙で
大戦後のどさくさに紛れて あの地域に流れて住み着いたくせに
自分達の土地だとぬかしている、とんでもないやつら・・・な
らしい。

しかし ダンテにはそんなことは意に留める必要も無く
ただ 旅の初めに出会ったテオが古い友人のような気がして
とにかく 再会したかったのである。

カフェを出て 途中数度 道を聞きなおし、ようやく 目印の 橋が見えた。

「これが 境界の川か」

川の手前に軍隊のものと思われる幌付きのトラックが
並んでいた。





どうやら 自分の国からやってきているらしい。
「こんなところにまで・・・」
そこにいるのは同郷の者たち。
なのに、ダンテにはその時、まったく異次元の風景に見えたのだった。

集落にバイクの音が響き、何事かと人々が振り向く。
顔立ちが異なるわけでもなく、これまでの町並みとなんら変わらない。

「テオってやつをさがしてるんだけど」
気軽な旅人だと察した男が教えてくれた場所は、もうすぐ そこにあった。

めずらしい 旅人の来訪はすでに彼の耳に入っており
ダンテは 両手を広げて歓迎の様子を見せているテオを
すぐに みつけることができたのだった。

「やぁ、よく来てくれた。
どう? この国は」
「ああ、おだやかで 美しいな。
町並みには 歴史を感じる」
「そうか? 新しい国の君たちから見たら 退屈で古めかしいだけじゃないかい?
でも、まあ、そうだな、この伝統ある町も 俺たちの誇りではあるんだけどね。
ほめてもらってうれしいよ。ありがとう。
バイクの調子はどうよ。
俺のダチに すきなやつがいるんだ。
またみせてやって。
夜はいつも 仲間と集まってんだ。
遊んでばっかじゃないぜ、
これからの 俺たちの新しい社会の夢を語り合ったりしてるんだ。
君も来いよ。 みんなに紹介したいしね。

それにしても 
いいなぁ、自由な旅か・・・
今の俺たちには無理な話でね・・
いや、 嫌味でいってんじゃないぜ。
夢さ。
いつか 俺たちは自由と 相応の地位をとりもどすんだ・・・
そう遠くない日に・・・」

そう語るテオの目はだんだん熱を帯びてきているように見えた

***

「テオ! お客さん!?」





テオの家から 10歳くらいの少年が飛び出してきた。
「エミール! こら、走るな、ころぶぞ!」
テオはそういいながらも
駆け寄ってきたエミールを脇に抱き 頭をクシャっと撫でてやった。

「誰っ? こんにちわ、 ボク、エミール」
「ダンテ、よろしくな」

エミールはひょこひょこと体を上下させながら歩く。
左足の膝から下が 義足だった。

テオはダンテがエミールの足に気づいたのを見て、言った。
「地雷でやられたんだ・・」
「地雷?」

「テオには危ないから一人で山に行くな、っていわれてたのに
ブルーベリー採りにいったんだ・・
ボクが悪いんだ。
でも テオが助けてくれたからこうして 普通にくらせるんだよ」
屈託の無い顔で話すエミールは
こころから テオを慕っているようだった。
「甥っ子なんだ。
こいつの両親、父親は俺のアニキなんだけど、尊敬できる闘士だった。
政府の犬どもに一矢をはなって、命をおとした。
義理の姉も その仇といって 自ら望んで敵の命もろともに 散った。
ふたりとも 民族の誇りをもって身を捧げたんだ。
残されたエミールは 俺が全力で守ると、二人の魂に誓った」
「・・・自爆・・テロ?」
「そうじゃない。悪に立ち向かった尊い殉死だ。」
「政府の犬って・・?」
「残念な話だが、 君の国の軍さ。
君の国は 俺たちにも憧れの的だよ、ほんとさ。
自由に発言でき 基本的には誰でも頑張れば報われる、可能性に満ちた国だ。
俺たちの国は大きくふたつの民族から成立している。
俺たちエルミナ人と今、国を掌握し、搾取を繰り返しているゲルタール人だ。
拝金主義者のゲルタールを支えているのが、君たちの国だ」
「・・・う・・・わ・・・悪いのか?」
思想だとか 政治にとんと疎いダンテは 
間が悪いとは思いながらも聞いてみた。
「ゲルタールは歴史的に優れた功績を残している俺たちからその繁栄を吸い上げてのさばりだした、蛮族だ。
それをバックアップするのは 愚かなことだ」

ダンテは自分が責められているようで 意気消沈してしまった。
自分の国の軍が世界のあちこちで 紛争にかかわっているのは知っている。
不思議におもっていた・・・が、深く考えが及ぶことはなかった。
彼にとっては 遠い村の祭のようなものだった。

しかし、いま目の前に傷ついたエミールを見て、現実を突きつけられているような気がしたのだ。

「だけど、ダンテ、
俺は個人個人は また別だと思ってるんだぜ。
君は君だろう。
新しい友人として 歓迎するぜ」
「あ・・・ありがとう」

ダンテは赦免されたようでほっとした・・・

***

テオは両親と エミールを加え4人家族だが、どうやら 仲間が数人住み込んでいるようだった。
両親はダンテを快く迎えてくれたが、歓迎もそこそこに
若い者たちに あれこれと指示を出されてはそれに応えていた。
ダンテの目には両親がびくびくしているように映ったが
今の不安定な社会情勢で若い者の力に頼らざるを得ないことが
そう見せているのかもしれないと
無理やり自分を納得させるのだった。

***
***


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