境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
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*魔に阿るもの***


「さて、 ダンテ、しばらく ここに いるつもりだろ?
ただの 観光旅行じゃ得られないこともあるぜ。
俺んちの二階の奥の部屋 あれ、使いなよ」
テオが申し出た。

ニシュは 大きなポータル、魔の出入り口に近い。
なぜ、 そこにあるのか、それを知りたい。
ダンテはニシュにはしばらく滞在するつもりでいた。
しかし、テオのうちで寝泊まりするかと言われると、少し気が引けた。

「ありがとう。
だけどテオのうちって 結構同居人多そうじゃん、どこか キャンプでも張るよ」
「なにしけたこといってんの。
タダ飯食らうのがいやって事なら
仕事、あるんだけど・・・」

そのタイミングは用意されていたかのようだった。

エリアのパン屋の配達人が心臓の持病を悪化させ
ダンテは しばらくそこで アルバイトをすることになった。
エミールが やはりそこで外回りの仕事をしていた。
小さいが なかなかの商売上手ならしい。

ダンテは 自転車に 引き車をつけ、
エミールとパンをのせて 町をまわることになったのである。

「学校はどうした?いかないのか?」
「・・・いかない。 いかなくていいんだ。
橋のこちら側の学校は いま 封鎖されてる。
向こう側の学校へ行っても
勉強、させてもらえない・・・」

エミールの話では
授業中、教科書を開くことも許されず
ただ椅子の後ろに腕をまわし、すわっているだけしかできないということだった。

「ひどい話だな」
「だから こちら側の他の子は仲間の兄さんや姉さんのとこに集まって
勉強を教えてもらってる」
「エミールもいけばいいじゃないか」

「・・・足のことをいわれるから、やだ。

テオが叱ってくれるけど、わからないところでイジワルなことするから、
やっぱ やだ。
ぼく、いつかテオの役にたてたら それでいいもん」

「向こう側」では大人の理不尽に
「こちら側」では子供の無垢な悪意に さらされているのだろう。

「よし、俺がおしえてやろうか!?」
「うん! ダンテ頭いいの?」
「え? い・・・いいよぉ。天才、天才!
英語、教えてやるよ。」
「うぉ〜〜 かっこいい! いつか ダンテの国に行くね。
行きたいなぁ、早く大きくなりたい。
そんでもって そのときは もっといろんなことができるようになってるといい・・・」
「じゃぁ、勉強はしなきゃ。なっ」







***

テオは独立の活動家として周到に動いている。

ある日 いつもの支援者の屋敷で 資金の調達と今後の行動計画を相談していた。
支援者は仰々しい緑色のローブの男で、深々と椅子に座り 下目使いにテオと対峙していた。

「双方とも自らに責を負うのを避け、にらみ合ったままだが・・・
もう そなたらの不満も 極まっておるのだろう・・・
行動を起こすべき時なのだが・・・」

「はい。 経済的な圧迫、民族教育への干渉、仲間への陵辱・・」
「行動を起こす理由としては十分すぎるではないか。
正義は こちらにある。
その信念で 皆を動かせ。

貴様の ところに 客人がおろう。
あれは 使える。
状況が不利になればあれを 使え。
そのうち 正体もあきらかになる・・・」

「ダンテ? 正体・・・とは」

男は薄く笑って続ける。

「いずれ 分かる。
貴様の立場は アレのお陰で永く 安泰だろうな」
「なにか 我々にとって 障害となるのでしょうか」
「いや、あれは 根っからの 悪意のない者だ。
悪意というものを 知らぬ。
策を講じる術も 知らぬ。
こころの底から怒ったり、 憎んだりしたことがないのだろう。

しかし 憤りや 嘆きが極まったときにどれほどの力が爆発するのか
わからぬ・・・
いや、それよりも 
その力をコントロールすることを知るのがやっかいだ」

「デューク。 あなたは 彼の何かを知っているのですか」
「いちど われわれの同胞を 屠(ほふ)りおった。
ああ、そんなに怒るな。
同胞とはいえ、我欲に走り、自らを王といってのさばった 厄介なヤツだ。
ある意味では 厄介払いしてもらったといっていい。
ダンテの扱いについては
私の手のものが 水をさしむける。
貴様は自然にアレと友情でもなんでも 結んでおればよい」

「わたしには 彼は魅力的だ・・・」
「それでよい。
流れは自然におこる。」
「は・・・はい。
デューク。 ひとつ お教えいただきたいのですが
あなたが わたしたちを 援助してくださることを
大変ありがたく思っています。
しかし それであなたが得る利益とは」
「・・・ふん、・・・
我々は 正義と道理を大切にする ごく 当たり前の共同体だ。
国を超え、種族を超え、境界線をもたず、天地を塗り分けず、斉(ひと)しくあれと 願う。
我々は おまえたちの理想と情熱を買っておるのよ。
理想郷の実現、それこそが我らの得るところ。
それを邪魔立てする者には鉄槌をくださねばならぬ。
心配せずともよい。
そうだな、おまえたちが新たな国が興した折には
互いの交流することで 発展をし 利益も取らせてもらおう。
このような説明で十分かな?

さて、話にも飽いた。
いつものを してもらおうか。
貴様のその凍りつくような目と岩のようなこころが崩れる瞬間は
いつみても いい眺めだ」

「公爵(DUKE)」と呼ばれた男は目を細めて笑った。
それにテオは仲間には見せた事のない
潤んだ目と微笑みで返して見せた。





***

去っていくテオを見送りながら男は ひとり つぶやく。

「利益だと?
人間の諍い、憎しみほど
美味いものは ないのでね」

***
***


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