境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
  (BGM ON)

*二人目の生贄***





「なぜだ、なぜだ!」

ソフィーが死ななければいけなかった訳
すべてが瓦礫、塵と化す中で自分が生き残っている訳・・・

街は騒然としている。
残してきたエミールが気がかりでダンテは走った。
すれ違う人々が その様子に悲鳴を上げる。

公園の荷車にエミールの姿がない。
ただ 義足が残され、周辺に血の痕がある。

「なにがあった・・・
なにがあった・・・」

ダンテは全ての血が逆流していくように感じた。

「ここにいた子を知らないか、見てないか!」

あたりの人、手当たり次第に聞くが
それは 聞いているというよりどなりつけているようで
おびえる人々は 首を横に振るばかりだった。
ひとり
「へ・・・兵士が取り囲んでいた」
と ようやくといった様子で答えた。

ダンテは眼の裏側まで 燃えるように思った。
義足をもつと 狂ったように駆け出していた。

兵士が右往左往する駐屯地にのりこみ 叫ぶ。

「エミール!
エミール!」

ふと気づいて一息つき、自分を抑えた。
ひとりの若い兵士をつかまえて 訊ねた。
「こどもがここに連れてこられてないか?」
「おまえ、昨日の・・・
こども・・・知らん」
「ダニエル・・・ダニエルに会いたいが」
「彼は山中のゲリラ掃討作戦にでている」

そのあともだれかれと無くエミールの所在を聞くが
それどころではないといった風にうるさがられた。

駐屯地の運動場のはずれの陰で笑い声がする。
せまい空き地で数人がフットボールに興じている。

「こんな時に・・・」
ちかよっていくうちに
彼らが投げ、地面に打ち付けているのは
ボールではないことに気付く。
布をまるめたもののようにも見えたが・・・

なすすべもなく
あらぬ方向に曲がる
細い手足・・・

一瞬 金属の爪が背中をぎりぎりと掻き揚げ、のどに回り、きりさいていくのを覚えた。
「エミール!!!」

ダンテは兵士に体当たりをくらわし、ボロ布のようになっているエミールを取り戻した。
仰天している兵士の輪のなかで、ダンテは壊れたエミールをそっと抱きかかえ
その手をとり
声をかけた

「エミール、エミール
返事して・・・」

弱くエミールの手が動く。
ダンテは ふっと息を吐くと
エミールを抱いてその場から連れ出そうとした。

兵士たちは石のように固くなっていたが、この事態を表ざたにされるのはまずい。
そんな現実がもどってきたとき、彼らはダンテの行く手をふさいだ。

ダンテはエミールを木陰に置いた。
それが合図だったかのように、兵士たちはダンテに襲い掛かってきた。

しかし怒りが頂点にあるダンテの敵ではなかった。
ものの数分もたたず兵士たちは地に伏していたが、ダンテは執拗に攻撃し続けた。
血をふきながら、兵士が絞るように声をあげた
「ヤメロ・・・やめてくれ」
「あのこもそういって乞うたんだろうが」
「き・・・・きさまになにがわかる。
見えない敵におびえなければならない日々が・・・
この国は狂っている
あのこも大きくなれば 俺たちを殺しにくる・・・
知ってるか・・・奴らは
俺たちの耳をあつめてるんだ・・
殺して耳を削いで糸に通してる。
狂ってるんだよ・・・」
「・・ああ、そうだ
狂ってる・・・みんな、狂ってるよ!」
「上に報告するのか」
「それに なんの 意味がある・・・」





***

まだ息があることが不思議なほど、エミールは ぼろぼろだった。
衣服にみえるのは剥がれた皮膚。
彼は何も身につけていなかった。
想像を絶する苦痛を与えられたのだろう・・・

「エミール、帰ろうか」
しかし エミールは
かすかに 首を横に振ったように見えた。

「じゃ、俺の国にいく?」
そういうと、ほっとしたようにまぶたを動かした。
わずかに唇を動かし
微笑もうとして

そして、そのまま 二度と ダンテに答えることはなかった。

つめたくなっていく エミールに顔をよせた。

「涙が・・・でない・・・」

「お前は 悪魔だから」

顔を上げると
そこに 闇のダンテが立っていた。

「こんなときに・・・笑いに来たのか」
「いや・・・いま 俺は 怒りの塊になっている。
お前の怒りを 俺が受け止めている・・・

俺は たぶん お前と一体になる。
もうすぐ。
最後のあいさつだとおもってくれ」

闇のダンテにいつもの皮肉な笑いはなかった。
なんでもお見通しのようなそぶりだったのに
その眼は すこし 戸惑っているようにもみえた。

「どうした、弱気だな」
「この国は負の波に飲まれようとしている。
闇の感情だ。
闇の王とは
それを喜びとし煽り、支配するものだと
おもっていたが・・・」
「?」
「お前の闇の力は 発揮される。
それは まちがいない。
しかし
それは 闇に包むのではなく
光を呼び覚ますためのものか・・・
まごうことなき闇、くもりなき光
その境界にお前は立つのか・・

ダンテ・・・行け。
3人目の生贄を
救え・・・」

闇のダンテは また 蜃気楼のように消えた。

「3人目の生贄?

・・・ソフィー、エミール・・・
・・・
俺が知るもの・・・

ダニエル!?

エミール・・おまえの魂で俺を助けて。
俺を 3人目のところへ導いてくれ」

ダンテはエミールの亡骸に一度顔をうずめ、きっとして 前を見据えた。

ダンテは 迷わずに歩んだ。
まさに エミールが導くように。


***


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