境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
  (BGM ON) Hagall トリオ

*流浪のロマ〜幕開けを告げるバイオリン***

***

「なんだ!臭うと思ったら・・
おめぇら もっと道の向こうをあるきやがれ!」





カフェのマスターが怒鳴っている。
視線の先を見ると 流浪のロマの小さな集団がある。

マスターの言葉はわからないが、
その手振りから 追い払おうとしているのが見て取れる。

子供から老人までおり、数家族のかたまりのようだ。
二頭のロバと一台の馬車が 集団の荷物を任されていた。
中でリーダー格と思われる男がコチラを向いている。





背中に足のついたバイオリンを背負っている。
折々に、いつでもかき鳴らそうとするかのように
覆われていない 裸のバイオリンだった。

深く彫りこまれた顔立ちの目元はよくわからないが、
ダンテは彼が自分を見ているのだと思った。
その口がすこし 笑ったように見えて
おもわず 片手をちいさく上げて
応えてしまった。

マスターが近寄ってきて いまいましげにいった。
「臭いやつらだ。
かかわらないほうがいい。」

カンタンで露骨な英語で言った。

もちろん 臭くもなんともない。
むしろ 彼らの装束には 見たこともない文様が織り込まれていて
ダンテには美しいとさえ思えた。

幼い頃、
黒い髪、黒い瞳の人々の中で
銀の髪、蒼い瞳の自分達は
奇異の目で見られた。

それと同じなのかもしれないと 感じた。

また すれ違うだろう

何の理由も根拠もないが
その思い付きは 確信に近かった。

***





焚き火の横に寝そべり
ダンテは 満天の星空を見上げる。

ようやくはじまった・・・

旅人をどなりつけるマスターは間尺に合わない男だったが
それはそれとして
カフェで食べたトウモロコシの粉を練ったものを茹でこしらえたパンは旨く、
そのパンとハムと水を買い求め、初日のディナーにした。





すこし 人から離れていたくて
どの町からも相当な距離のある小さな森にキャンプを張っていた。

それなのに
すっと流れた空気の中に
バイオリンの音が聴こえたような気がした。

きっと 先刻見た ロマの一団の男が背負っていた
バイオリンをみたせいで
意識のどこかにその音を感じていたのだろうと思った。

しかし バイオリンは
確かにダンテに語りかけてくる。

いつか 父の姿にであうだろう・・・

「とうさん?」

ダンテは両親の事をよく憶えていない。
幼かった自分達、兄弟の面倒をみてくれた 四が
父は剣士であったと 言っていた。
しかし ダンテには 兄が全てだった。
兄が傍にいてくれさえすればよかった。

父は 真の魔族のはずだ。
その姿にであう・・・とは?

己の中の闇に向き合うために 始めた旅だ。
早々にこの地方の悪魔にも歓迎を受けた。

「望みどおりの展開か?」

ダンテは体の芯から高揚してくるものを感じた。
ザッと起き上がり、息をひとつ吐いてそれを鎮める

「まだだ。 まだ はじまったばかりじゃないか・・・
いや はじまってさえいないのかもしれない。
なんでも くるがいいさ。 その中に求める答えは見つかる。
きっと・・・・」





****

しかし ダンテにはまだ想像もつかないことだった。

本当の闇の世界にある
血ヘドを吐くような 悲しみ
終わらない 憎しみと諍い

そして そこに 一条の光をみたときの
大いなる悦びを・・・
復活への希望がもつ
大きな力を・・・

***

バイオリンは語りつづける―――

おまえは 見るだろう
真実の在処を

さらに お前は知るだろう
真実は 各々にある事を

おまえは 進むだろう

おまえ自身の
真実の在処を求めて

****

ダンテは夢のようなバイオリンの音を聞きながら引き込まれるように眠りに落ちていった。


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