境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
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*シシィのおとうさん***




***
その夜は ロマのテントをひとつ 借りることになった。

一度にたくさんのことを知ったためか くたくたで
羊毛の敷物に横になれば あっという間に 寝てしまいそうな勢いだったのだが・・・

「ダンテェ」

小さな声がしてこどもが一人入ってきた。

そして またひとり、
またひとり・・・

やってきたのは五人。

「どうした? もうこどもは寝てなきゃいけない時間だろ?」

たしなめるといっせいに 言い訳が始まった。
「おかあさんが いいよって」
「ダンテの横で寝る!」
「ダンテの横はあたし」

「オーケーオーケー、こら騒ぐな。
んじゃ ちっこいのから順番にこい」

一番小さな子が くしゃくしゃな顔をしてダンテの腕の下からもぐりこんできた。

騒がしいのもいっときで、
寝息が聞こえてくるのにさほど時間はかからなかった。

「ダンテ、2ばんめにおっきい」
脇にしがみついてる子が 小声でいった」
「2番目?」
「いちばんは シシィのおとうさん」
そういうと じきに 眠ってしまった。

思わぬ小さな客達に挟まれ
「やれやれ・・・」とつぶやくと
しばらくテントの織模様を眺めていたが
いつのまにか 彼も 意識を失っていた。

夜半、アマヤがそっと様子をうかがうと
小さな子供を従えた大きな子供のように
何の不安もなさそうな顔で 
ダンテが眠っているのを見た。





「この安寧が ひとときでも長く続きますように」
アマヤは 中空の月に そう 祈ったのだった。

***

翌日。

ダンテのテントからでてきたこどもたちは、なぜか みんな自慢げだった。

「ダンテ、よく眠れたかい?」
レイハンが問いかけると
いかにも肩がこったという顔をしながら
「ああ、 チビちゃんたちのおかげで
ちょっとたいへんだったけど、テントは 快適だったよ。
ありがとう」

はたで聞いていたアマヤは、ゆうべの ダンテの寝顔を思い出してすこし笑った。

「シシィのおとうさんって?」
ダンテがふと レイハンに問うた。

「シシィの・・?
ああ、 街で殺されてしまった。

俺たちは この大地に境界線をもたない、移動する民族だ。
しかし 世界は境界線だらけだ。
異質のものの侵入を 疎ましく思うものが
事あるごとに 諍いをおこす。
実際に異質なのかどうかもわからないのに・・

ダンテ、このあたりは 民族同士の争いが多い。
理由のさだかで無い 憎しみ合いが 人々の歴史のなかに染み付いている。

国境の町へむかうのか・・・

注意しなさい」

ダンテは 先日 カフェのオヤジが
レイハンたちに侮蔑の言葉を投げかけているのを思い出した。

そのとき
一台の車がキャンプにやってきて
男がひとり、必死の形相で声をかけてきた。

「お願いだ、女房が産気づいた。
あんたたちを 探してた。
きてくれないか!」

レイハンは 仲間に指示を出し
数人が ころがりこんできた男と でかけていった。

「大丈夫なのか?」
ダンテは少し心配でたずねてみた

「ああ、俺たちは死者をおくるとき、結婚を祝う時などに
祈ったり、楽器を奏でたりするために呼ばれるが
医術にも長けているから、こうして 助けをもとめてくるひとがいるんだよ」
「では なぜ 疎まれる」
「どこまでいっても『よそ者』だからだ。
おそらく 人々は 俺たちの優れている部分を知っている。
だから 自分達の所有物、
土地や 地位を 奪われるとでも おもっているのかもしれないな。
このあいだの カフェの親父のようにさげすむことで自分自身を安心させようとしているのだろう。
土地も、地位も
俺たちには必要の無いものだがな」

ダンテはそう語るレイハンの横顔に
厳然とした誇りを見ていた。

***





ロマのキャンプには2日ほど滞在した。
馬車や テントなどの補修で力の要ることには
手伝いをかってでたが、
どちらかといえば 不器用な破壊屋のダンテで
もっぱら こどもの遊び相手を頼まれる始末だった。


(なんかやることなぁい?)


国境の町、ニシュに向うため荷造りを始めるころには
いかないでくれと 泣き出す子もでて、なだめすかすのに 一苦労する ありさまだったが

「また 会えるから」と アマヤがいえば
よほど信頼しているのか、どの子も納得して おとなしくなった。

「ダンテ、これは 子守のお駄賃として受け取ってちょうだい」
そういって アマヤは 
塩漬けのドライトマトと 干しイチジク、
それから ピザの台のようなピタパンを包んでくれた。

「ほんとうに また会えるといいよ」
ダンテがそういうと
「会えるさ。
会うことになるのさ。
わたしたちは アンタの種とは 切っても切れない関係だからね。
また会えるからと こども達に言ったのは
けして その場かぎりのなぐさめじゃぁ ないのさ。
アンタが演じるだろう、新しい一幕を
また あたしたちが 語り継いでいかなきゃならないからね。

ニシュの近くには 強い魔の扉があるのは知っているね?」
「ポータルか。
在るのは知っているが、強力なのか?」
「あのあたりは 人間の根深い嫉妬や 憎しみによる 諍いが
ずぅっと 長い間、繰り返されている。
ヒトが 魔を呼んだのか
魔が ヒトを駆り立てたのか
それは わからぬ。
魔と ヒトが 紙一重にあるところだ。
いや 魔とヒトは 形こそ違え、根っこをひとつにした同じものかもしれないね。

今の不穏な空気も
いつ暴風となって吹き荒れだしても、おかしくないようだよ・・

気をつけなさい」

レイハンもアマヤも警戒するニシュ。
単なる道草では終わるまい。
不安だとか 期待だとかというよりも、ある種の覚悟のようなものを
ダンテは感じていた。
名をもつ剣に、
そして謳われる剣士の血に恥じぬ自分で在ろうと
そう 思うのだった。




***


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