「蒼い月」ダンテ篇 エキストラ

SS 野菊小紋@ 音楽を流します


(画:CANさま)

弐伊の朝帰りなど、 今に始まったことではないが、
お互いを深く確かめ合った後ならば
以前のように 「お疲れ様」と
かんたんな いたわりの言葉だけでやり過ごすことはできない。

「くそっ、砂糖いれてやる」

ダンテは近所のおばさんが差し入れてくれた ひさびさの 玉子を焼いて
二人分の朝食の支度をしていた。

「俺もね、ばかですよ、ひとりなのに いつもの癖ですよ、っと」

弐伊は砂糖のはいった卵焼きがあまり好みではないようだ。
「塩、しかも浜の釜炒りの塩の卵焼きが一番だ。
砂糖入りなんぞ、ガキのくいもんだ」
と 食通を気取る。
けれども ダンテは甘くふわふわした卵焼きが好きだ。
「ざまあみろ。俺好み」

これで 昨夜家を空けた弐伊へ 仕返しをしているつもりになるのだ。

「やれやれ エライ目にあった」
木戸の開く音と弐伊の声が同時に聞こえてきた。
一瞬口許が緩んだのを隠すように
ダンテは 精一杯の不機嫌面をつくる。



「お、卵焼き、ひさしぶりだね。うまそう」
そういって 後ろから腕をまわしてくる弐伊に
うっとおしいそうな顔を向け 言い返した。
「なんだよ、酒も飲んでんの? くせぇ・・よ」

しかし ダンテは弐伊のくびもとに青紫の痣を認めると 言葉を飲んでしまった。

「か・・・顔洗って来いよ」
「はいはい」



昨日日暮れ前、弐伊はは船着場あたりで 不穏な気配がすると でかけていった。
人が人ならざるものに飲まれてしまえばそれを 断ち切るしかない。
このところ そんな嫌な動きを あちらこちらで見かけるようになってしまった。
人々は 気狂いの病だと気味悪がり、
そこらに 俄か仕立ての拝み屋が看板を出していた。
弐伊とダンテは 魔物化してしまった者たちを
人知れず葬っていたが、それも 一時(いっとき)もかけず 片付けることができていたのだ。
それが 一晩を必要とし、 酒の匂いまでさせている。
おまけに くびの痣・・・

ダンテは手ぬぐいを差し出しながら、おずおずと口にしてみる。

「それ・・・その痣どうしたの」



「え? ああ・・・・ちょっとした打ち身捻挫だ」

手ぬぐいから顔を上げると、弐伊は不満そうに口をとがらせているダンテを見た。
「へ〜!なんで打ったら そんなちっこい痕が残るんでしょうねっ!」



弐伊は腹の中で笑った。
「鉄砲だ、鉄砲に撃たれちまいました。ああ!いてぇ! 急に疼いてきやがった・・・
だめだ・・・ダンテ、助けてくれ・・・」
おおげさにふらついて ダンテを捕まえた



「舐めたらなおるかもしれんぞ・・・・





「お・・・おっさん、って、てめぇ、このやろ、今日は俺、絶対だまされないからねっ」
そう、いつもそうなのだ。
なにか文句をいっても 頭をなでられると ころりと いい気持ちになってしまう。
今日はそうはいかない。ガキ扱いするな!・・・・
たまには 弐伊に慌てさせてやる!

そうだ!家出だ。家出に限る!
弐伊が俺を追っかけてくる
ごめんよ、と泣いて 俺にとりすがる・・・・ああ、いい気分だわ。

ダンテの頭の中で勝手に物語が展開していた。



ダンテはプイッと家を出てしまった。
しかし ダンテの全神経は振り向かない後ろの様子にあった。
「ふふんだ、きっと 弐伊は地面につっぷして 嘆いているんだ。ザマミロ」

弐伊は スタスタと歩いていくダンテの後姿を見送って
ふっと笑った。
「あらぁ、からかいすぎちまったかな・・・
俺もおとなげないですね。 オマエには かないませんよ・・・」
そういって 軒先にいつのまにか群れて咲いた薄紫の野菊のはなびらを
指先でポンポンとたたくのだった。


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