「蒼い月」バージル篇

§6 とまどい 音楽を流します


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稽古を始めてから、2度目の満月が巡ってきていた。
少年の上達は 四の想像をはるかに超えていた。
四にはそれが感動でもあり、またおそろしくもあった。

ひとしきり 稽古が終わると、
ふたりは 少し露の降りている草に横になった。

「ねえ、兄貴、おれたちって、一体なんなの?
誇り高い種なんじゃなかったの?
人間を守ってるんじゃなかったの?」
「守ってやってる、っていうと、
なんだか正義の味方みたいだな。
なんていうか、
表の世界と裏の世界の均衡を保つ役割、てのかな。
わる〜いものが暴走を始めるのを押さえてるってのかな

里のやつらは おれたちが怖いんだよ。
やつらは 
やたら 地位とか身分をつけたがる。
俺達をすこし 下においておくことで、
安心しようとしてるようだね。
俺達はなにも 奴らから奪おうなんておもっちゃいないのに。」
「なんか ムカツク」
「むかしは カミサマみたいに奉られてたみたいだぜ。
人間は繁栄を得たが、
同時に欲もふかくなった。
守護神たる俺様たちは
やつらの幸せを喜んでやるほうがいいんだ。

たとえ・・・それが理不尽でも・・

もし 俺らが内なる力を出してしまうと、
人間も滅ぼしてしまうが、
俺達自身もつぶしあい、
滅亡していくしかなくなるんだ」
「内なる力・・・おれにもある?」
「ああ、そうだな・・」
しかしそんなものが発露しない方がどれだけ幸福か。
四は繰り返されてきた闘いの日々の中で失ってきたものの大きさを想う。
言葉がとぎれる。
「・・・・」

ふときづくと
少年の目がじっと こちらを覗き込んでいた。


「兄貴の目は 月のようだ。
透き通った青い月がみえる」
「お前もいっしょだ」
「大鼠みたいな顔だっておもってたのに」
「なんだとっ」
「きれいだったんだ・・」
「な、なんだよ」

(いいねぇ、宝石のような目だ・・その目をくりぬいて、たべてしまいたいよ・・)
老人のくさい息が顔にかかる。

少年は思い出して くっと涙がでそうになるのを耐えた。



少し潤んだ目を見て 
四は思ってもいなかった感情が湧いて焦った。
「さ、さて、帰るか」
そういって起き上がろうとしたとき
少年が胸に飛び込んできた。
「お、おめえ、何甘えてんだよ。
ちいさいがきじゃあるまいし・・」
「ぼくだって・・・甘えたいときがあるよ」
少年がくぐもった声でいう。
「おれが親父になってやろうか」
いつものように茶化して やりすごしてしまいたい四だった。
「ちがうっ、わかんないよ、ぼく・・親父が欲しいんじゃなくて・・」

そういって 手を四の懐にいれ 少し開くと 
素肌の胸にがむしゃらに顔をすりつけてきた。
「おいっ、やめろって」
「なんで?ぼく、どうしたらいい? 
なんなのこの気持ち。
どうなってるか じぶんでわかんないよ」
四はがたがたと震えだした少年を包むように抱いてやった。
まるで 親を失った仔鹿のようだ・・
柔らかな髪が、小さな肩が、いとおしい。

しばらくして 震えがおさまると、少年はそっと訴えかけるような目で 自分を見上げてきた
自然と唇がかさなると、そのまま 弱い月明かりのなか、ふたりはひとつの影となってうかんだ。




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