「蒼い月」双子篇

§6 震える鐘 音楽を流します



弐伊はふたりが 稲荷堂へ入るのを見届けた。

次の瞬間に彼の見たものは

地上のあらゆる光をもつものが陰の中に吸い込まれていく様(さま)だった。

あれだけまぶしかった 光の柱も吸い込まれた。
目に見えるものが足元から黒々とした陰に
侵食され
姿を消していく。

そして
弐伊自身も 自分の足から徐々に消えていくのを
声も出せず
なす術もなく
見ているしかなかった。
存在の意識までもが失われていく。

(無から 始まるんだな・・・・ダ・ン・テ・・・・)

***

「弐伊・・・」

「いま、 弐伊の意識が消えた・・・」
「戻りたいか?」
「ふふっ、やさしいんだな、バージル。
めそめそしてんな、とか 俺の知ったことかって・・・
・・・いわないの?」
「・・・・おらっ、いくぜ!
めそめそしてんなよっ」
「うん」

下へ続く階段も、横の壁も
ところどころ バシッバシッとスパークする。
つきあたりの壁は 壁というより粘膜のようだ。
ダンテがその 粘膜を剣で切り裂いた。

しかし そこは 以前と同じ しんとした
ほの蒼い 部屋だ。

まざまざと 昔の記憶を蘇らすかのように・・

バージルが一瞬 入るのをためらう。
ダンテは そのまま バージルが立ち止まっているなら
いつまでも 待っていていいとおもった。
しかし バージルは きっと口を結び 部屋に入っていった。

「おかえり、バージル。
この日をどれだけ待ったことか・・・」


「! 無道!」

周囲に配置してある彫像の全てが
語りかけてくるようだ。

「無視しろ! バージル」
しかし バージルは反駁した。
「貴様に会いに戻ってきたのではない!
ぶっ潰しにきたんだ。
どこだ!
姿を現せ!」
「忘れたのかね、あの 美しい日々を。
わたしは 忘れないよ。
この眼の記憶を
お前にも思い出させてやるよ・・・」

すると周りの全ての壁がスクリーンとなり
忌まわしい映像が流される。

バージルが凍りつく。
「お前は わたしに こうして飼われていたではないか。
みてごらん。
お前のこの悦楽の表情を・・」
「何しやがる!
やめろ!!」
ダンテが叫ぶ。

「・・・ちがう・・・やめて」
「こっちへ来い。
お前には わたしが 必要であろう・・」
「ちがう! ちがう!!!」
「バージル!」



かぶさってくるように
冥王の高笑いが響いてくる。

「くっそーーー!!」

ダンテは剣を抜くと 逆手で壁を切り裂いて 走った。

映像は止んだ。

半ば 放心しているバージルに
ダンテはいった
「君の痛みを ぼくも感じていよう・・。」

バージルの膝に 手をおき 顔を寄せると
そっと くちづけた。



「おまえ・・・
ふしぎだな。すこし こころが 軽くなった。」

「ふふあはははは・・
兄弟愛か、
それとも
だれかれなしの畜生道の所業か」
「うるせえ! おまえには 永遠にわかんねえよ!」
ダンテは 怒りでいっぱいだった。

笑い声は 部屋をぐるぐるまわるように響いていいる。

バージルとダンテは 互いに背を向けて
油断なく剣を構えている。

声の回る速さがあがってきた。
まるで ふたりを渦の中心にして
そこへ なだれこもうとしているかのようだ。
じりっじりっと
ふたりは後ずさりする。
そして 部屋の中央で
ふたりの背中が合わさったとき

一瞬の静寂を置いて

まっしろな 目のくらむような光に
ふたりは つつまれた。



「時 きたれり!!」

冥王の狂喜の叫びとともに
揺れそうになかった あの天井の鐘が
重く低く鳴りはじめた。







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