カミサマの花嫁

夏、とはいうものの  頬を撫でていくわずかな風はひんやりしており
満天の星空をみあげて ニィは軽く首をすくめた。
さらさらと川の流れの音が聞こえる土手道を ふたりは さくさくと 歩んでいた。

「町に着きそびれちゃいましたね」
「わしは かまわないよ。 むしろ、こう、ロマンチックにだね、この星の下 だいたんに・・」
「はいはいはい、わかりましたっ。
神、いっつもそんなこと考えてるんですかっ」
「あれ、ニィ君も同じだと思ったけどなぁ」
「ぅお・・俺は・・ち・違いますよっ。 いっしょにしないで・・」
「しっ、 ニィ君、あそこに 人がいる。 河原だ」
「・・・ふたり、ですね。 こんなところで なにしてるんだ?」

興味をひかれて、しかし なにか 物音をたてるのもはばかられ
ふたりは そろそろと 近づいて 茂みにひそんだ.

ニンゲンが「蛍」と呼んでいる 小さな妖精のフェーのひとりが めざとくオーディーンをみつけ
仲間をあつめて やってきた。
大きな体を折りたたむようにして隠れているふたりに
フェーたちは興味津々だ。
しかし フェーたちのぼんやりした光がそこにまとまるものだから
河原のふたりがふと こちらを向いた。
オーディーンは「しっしっ」と頭の上のフェーを手で追い払う。
フェーたちは鈴のように笑いながら飛び散って またあたりを 愉快そうに飛び回るのだった。

河原のふたりは若いカップルで 言い争っているようだった。

「どうしたらいい? ミカル、ねぇ、ミカル、わたし お嫁になんかいきたくない。
みたこともない、ずっと会うこともない人と結婚なんて、そんなのいや。 ただの生贄よ!
ねえ、ミカルはわたしのことが好き?このまま連れて逃げて、 お願い」
「できるなら いっしょに遠くへ行ってしまいたい・・
だけど そうしたら ハンナの家族も僕の家族も 村にはいられなくなる。
僕らも一生を神の怒りにおびえながら暮らさなきゃいけなくなる」
「イザベル様のご隠退のときに 17を迎える娘がたまたまわたしだっただけ・・
それを運がわるかったって、あきらめるしかないの?」
「・・・ハンナ、僕は おばあちゃんから聞かされていた。
ハンナは生まれたときから定めを持った子だから 
村中で大切に育てなければいけない。 
同い年の僕はナイトのように 君を守ってやらなきゃいけないんだって」
「じゃぁ ミカルがわたしにやさしくしてくれていたのは 好きだったからじゃなくて 役割だったってこと?」
「それが、す・・・好きになっちゃったから 一緒に悩んでいるんじゃないか!」
「ミカル!」

ふたりは抱き合って泣き崩れていた

「ああ、かわいそうに・・ニィ君、あの娘を無理やり嫁にしようとしている傲慢野郎を ひとつとっちめたいものだねっ」
「そうですね、あのふたりは愛し合っているようだ。 おそらく ここから一番近い村なんでしょうね。
明日、いってみます?」
茂みのふたりは 正義に燃えていた!

***

村はにぎやかだった。
小さな楽団が軽妙な音楽をかきならしている。
広場の中央にやぐら。そのうえに輿がしつらえてあり、あらゆる部分に花が飾られていた。
周辺の平台にいっぱいの料理。積み上げられた蜜酒の樽。
人々の顔には笑顔があふれていた・・・・あの 恋人たち以外は

オーディーンとニィは突然の訪問者であったにもかかわらず
「よいところにこられた」と村長をはじめ 人々から歓迎された。
よろこびは共有したいものだ。

「盛大なお祭りのようですね」
オーディーンが尋ねた。
「婚姻の儀式がはじまります。30年ぶりです。」
「ほほお、それはおめでたい。30年ぶりとは、そこに居合わせたわたしたちは幸運ですな。
どなたとどなたが結ばれるのですか」
「美しいハンナと大神オーディーン」
「えええっ わ・・」
オーディーンが「わし!」と叫びそうになるところを ニィが抱え込んで口を抑えた。
あっけにとられている村長に 愛想笑いをつくり
「ちょっと失礼します」とあいさつすると
ニィは オーディーンを広場の隅までひきずっていった。

オーディーンは肩で息をしながら憤慨していった。
「わしがいつ嫁が欲しいといった! わしの嫁はニィ君だっ」
「だぁれが嫁ですかっ!
ともかく、あれです、ハンナは神への供物と同じでしょ。
こういう風習は人間の間によくありますよ。
豊穣と平和を神に祈り、また 感謝する。
神の妻と定められたものはその操も神にささげる」
「はっきりいって 一生処女ね」
「そういうこと」
「フレッガと同じだ。 人間界の女神というわけだね・・・」
「フレッガ様?」
「うん、女神の主神は永遠の処女だ」
「けど、神、おふたりにはお子さんがいらっしゃるのでしょう」
「やだな、ニィ君、わし 神だから 念じて触れたらそこから息子が生まれるんじゃない。
なに言ってるの、いまさら。あ、もしかして やきもち?」
「そうじゃないけど・・・フレッガ様はそれでよかったのだろうか」
「彼女は真の女神だ。純粋な愛に満ちておる。
彼女自身が愛を象徴するものだといえる。
わしも フレッガもそれ以上を考えたこともない」
「そういうことも あるんですか・・神は・・・さびしいですね」
「さびしい・・か。ほんとうにそのようにおもったことは一度もなかったが
君といると 求め求められる悦びがあるのを 感じるよ」
「・・・・」
ニィは真っ赤になって黙った。
そのようすに オーディーンはうれしそうに微笑んだ。
「ニィ君、ハンナとミカルを 幸せにしてやりたい。
わし、ちょっと直談判してこようか」
「え、そ、それはまずいでしょ。
わしは神だぁ、儀式をやめろって 言いに行くんですか?
神に対するふとどきものとして 取り押さえられちゃいますよ。

そうですね、俺にいい考えがあります ――」

神と魔剣士は 額を寄せた。





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