カミサマの花嫁
 A

(♪H-Mix One's believes) 
*****

ニィは軽く足踏みをしながら 手首足首を振り、首を大きくぐるりと回した。
体をほぐす、というより 緊張をやわらげようとしているようだった。
ニィが動くたびに 手足の鈴がシャンシャンと鳴る。
施した化粧にうっすらと汗が浮いている。

「じゃぁ、神、打ち合わせ通り、よろしくお願いしますね・・・
かーみっ!」
「え?あ、うん、よし」
「・・・そ、そんなに見ないでください。」
「すまん、いや、あんまり きれいだから」
「冗談よしてくださいよ・・・久しぶりで、ちょっと緊張してるんですから」
「冗談じゃあない。きっと この場に居合わせるすべての者を
君は魅了するだろうさ。
計画はうまくいくよ」
「はい。
・・・俺、ちょっぴり わくわくします」
「わしも 久々に神として 語ろう」

オーディーンはくすんだ茶の衣装を
ふわりと白い神のローブに変え その姿を消した
ニィは 頬にオーディーンの髪と唇を感じ、目を伏せて 微笑んだ。
そして キッと口を結びなおすと待っていた村長の元へいき、 頷いた。
村長は人々の輪に入り、 声を高らかに 紹介する。

「みなさん。 こたびの祝宴をさらに盛り上げる 舞をご紹介しましょう。
本日お越しくださったお客人は かの魔族の高位アグレアスのご一族でありました。
そして なんと 魔族に伝わる奉納の舞をご披露いただくことにあいなりました。
我々はこの幸運を神に感謝しよう。
われらが大神オーディーンに栄光あれ!」

ニィは長剣と短剣を携えた。
フッフッと息をつき、ひとつふたつ体でリズムをとると 羽が生えたように 広場の中央にとびだした。

***

数時間前。

「神のお告げ作戦で行きましょう」
「お告げ?」
「俺が魔族に伝わる神への奉納の舞を踊ります。
見ているものを軽くトランス状態に置くことができます。
神は適当に中空あたりから それらしいお告げをよこしてください」
「ええっ、ニィ君踊れるの!?」
「昔ね。ルネと組んでなにかあるたびにかり出されてました。
俺が男舞いでルネが女舞いを担当するんです。
・・・あいつ、めちゃくちゃきれいでしたよ」
「ああ、想像がつくね。それは やっぱり顔のきれいなものが選ばれたの?」
「ははっ どうでしょう。ルネはそうともいえるけど、俺はちょっとごついでしょ?」
「どんな舞なの」
「いわゆる剣の舞・・俺たち剣士だから、勝利と破邪、それから過去の英雄たちへの讃歌と鎮魂ってとこです。
だから、ちょっと婚姻にはあわないかもしれないですがね。
村では打楽器にあわせたんですが、ここではないから、少し俺 工夫してみます」
「おお、なんだか 楽しみだね」
「神は この儀式を別の方向へ向けるなにか お告げのようなものを届けてください」
「ふ・・・む、そうだね・・・よし、わかった」
「村長に飛び入りの申し入れをしてくださいますか。
俺みたいな若造よりもとりあってくれるでしょう」
「まかせなさい!」

談笑している村長とオーディーンのまえにあらわれたニィは
それまでオーディーンがみたこともない 艶やかな様子だった。

上半身は裸であり、美しい筋肉を惜しげもなくあらわにしている。
腰にひっかけるような黒のパンツは全体に細身だが 膝から下が若干ふくらんでおり、足首で絞られていた。
その足首と手首には鈴のついた紐が結ばれていた。
額、鼻筋、目の下に赤のラインで化粧がほどこされ 妖しいほどの美しさは異世界に住むものを思わせた。

穴が開きそうなほどオーディーンに見つめられニィは体が熱くなってしまう。
「じゅ・・・準備できました。いつでもいいですよ」
村長が うれしげに握手を求めてきた。
「おお、なかなか艶やかですな、失礼ながら 見惚れてしまいました。
広場の9方向にかがり火を焚きましょう。舞も映えよう。」

そして その舞台は 整えられたのである。






***

はじめのうちは 歓声と手拍子があった。
しかし 舞が進むにつれ 人々は 息をするのも忘れたように
ただ目を見開き、 ある者はゆらゆらと、またある者は激しく体を揺すった。

ニィが携えている長剣と短剣が振れるたび 光は尾を引いた。
舞は激しく荒々しいものだったが
まるで跳ね回る狼のようなその動きは 人々にはゆっくりと残像を描いているように見えた。
手足に着けた鈴、衣擦れ、剣が切り裂く風、はぜる火・・ それらの音は リズムのある音楽となり
人々の鼓動に同調する。

そんな中でニィは冷静に周りを観察していた。
あたりが神妙になってきたところで オーディーンの声を待っていた。
しかし いくら踊り続けていても声がしない。
見上げると 神は中空で 人々と同じように魅入られたような顔をしている。
ニィは高く飛び、両の剣の切っ先をさっと上に跳ね上げた。
それは 神の鼻先に向けられていた。 もちろん 人々に神は見えないが・・・

オーディーンははっとして そして にっと笑った。
ニィも「しっかりしてください」というように笑い返した。

トンと地面につま先をつけるとニィは大きく腰を落とし両腕をひらき 剣で薙ぎ払うように回転した。
その回転にあわせるように中空で空気が大きく揺れた。
人々の視界の隅にかすかに 神の衣の裾模様が見えたはずだ。
すべての人々が畏れの目を中空にむけた。そこはただ 火に照らされた夜があるだけだ。

低い声が 威厳をもって響く。

「ミッドガルドの民よ ――
輿の乙女を見よ。 乙女は花嫁にあらず、生贄なり。
花嫁の衣は 涙に濡れておる。
わしの望むは 涙にあらず、 心の幸福なり。
絶望の花嫁はいらぬ。

これより祭りには 9樽の蜜酒を供えよ。
9日の後に 3村むこうまで 平等に分け 振る舞うがよい。
さすれば ユグドラシルの枝が広がるように 
幸福は このミッドガルドを覆うだろう」

オーディーンの言葉には ゆったりとした音調があり
それは 人々だけでなく ニィも酔わせた。
舞はより 妖艶なものになっていく。

オーディーンは口調をやや 和らげ なめらかなメロディを感じさせるものに変わった。

「花嫁は 本来の人の妻に戻すがよい。
しかる後 新しい命を産み、 はぐくめ。
ミッドガルドの繁栄こそ わしの 望むところ。

わしに嫁はいらぬ。
わしは ヒトと同じく ひとりを愛し
わしは 神として すべてに愛を注ぐ。

民よ、ひとりを愛せよ
そして 他を愛せよ

それらはすべて 悦びである。

乙女よ、 そなたの戻るべき胸に戻れ。
いま これを そなたに 命ずる」










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