カミサマの花嫁
 B

(♪H-Mix 悠久の絆)
***

思いがけない神の出現で この年の祭りはこれまでにない盛り上がりを見せていた。
村のすべての者が 神の影を目にしたのである。
ある者は 目があったといい、ある者は 背中の翼を見たといい、ある者は衣の裾にふれたという。
それぞれが自慢げで 感動と悦びに満ちていた。
ミカルとハンナの二人は 家族に囲まれ 祝福を受けていた。

オーディーンはニィと並んでその様子を眺めながら言った。
「ニィ君、もう一仕事あるよ」
「もう一仕事?」
「うん・・」

ふたりが連れ立って訪れたのは 先代の巫女 イザベルの家だった。
イザベルはひとり 小さな何かを手に うつむき 扉に背を向けていた。
ふたりの訪問を受け その小さなものを隠すように 手のひらを握りしめた。

彼女の目はうっすらと濡れているようだった。
オーディーンは軽く微笑みを浮かべて、つかつかと彼女に近づいた。
イザベルはハッとするが動くことができず オーディーンに手を取られるままでいた。

彼女の手に握られていたのは ちいさな ロケットだった。
「拝見してもよろしいかな?」
イザベルは目をみはるばかりで 答えもしなかったが
オーディーンは遠慮なしにそのロケットを開いた。
リュートを抱えて微笑む青年の肖像があった。
「詩人ですか?」
イザベルは 少々うろたえたように 首をふり うつむくと
観念したように小さく答える。

「わたくしが 神の妻にえらばれたとき、彼はこの村を出ました。
吟遊詩人として あちらこちらを旅していると うわさに聞きました」

そういうと もう我慢しきれぬというように 語りだした。

「わたくしは、わたくしは、いったい 何をやっていたのでしょうか。
神のお望みと信じ、神の妻と呼ばれ これまで生きてきました。
けれど、神は妻はいらぬとおっしゃった。
わたくしの一生は無駄になってしまいます」
「彼が旅を続けているということは 独り身を通しているということだろうか。
あなたの人生を 神はきっと無駄にはしまい。
人々はあなたを ちかしい神として 拠り所としてきたはずだ。
それは 感謝されるに 十分値する。

もう泣かないで。 
希望を捨てないで」
「あなたは・・?」
「わたくしたちはもう行きましょう。
みなさんに よろしくお伝えいただけるか?
宴にお招きいただき 感謝していたと」
「わかりました」

旅のふたりは イザベルに会釈すると目を交わし そして しずかに 去って行った。

***

ニィは 少し離れた場所から 不思議な光景を見ていた。
村から離れて ふたたび あの川のそばにおり、 オーディーンはフェーを呼び集めていた。
すっかり暮れてしまった風景の中、
オーディーンはまるで光の冠をかぶっているように見えた。
やがて フェーたちは散り散りになり、 オーディーンは軽い様子でこちらに戻ってくる。

「やっ、ニィ君。わかったよ。例の吟遊詩人は 祭の噂を聞いて この近くまで戻ってきているらしい。
イザベルを迎えに来たのかもしれないねぇ。
イザベルの気持ちを伝えなきゃ。
ニィ君 久しぶりに ちょっと飛ぼうか。
いや ほんのすこし、1リーグほどだから ロキたちに感づかれるほどではない」

神の力や 魔の力を使えば二人を狙うものに感づかれる恐れがあり、できるだけそうすることを避けていた。

***

目指す酒場で 吟遊詩人はすぐに見つかった。
舞台を降りた彼に オーディーンが声をかけた。
ニィはアクアビットのカップを揺らしながら オーディーンを待った。

「なかなか楽しい出来事だったね。おわりよければ、ってやつさ」
「ねえ、神」
「なに?」
「お告げのことだけど」
「うん、 ニィ君すごくきれいだったなあ。
わし たまらんかった。うははは」
「もう・・・やめてくださいよ。・・神のお告げもよかったです」
「そう? 神っぽかった?」
「本物じゃないですか。 あのね、 お告げの『ひとりを愛す』ってあれ・・
俺のことだって 思っていいですか」
「他にだれがいるのっ」
「神・・・ あの・・もう部屋に戻りませんか」

ニィの顔が紅いのを見て オーディーンは少し意地悪をしてみる。
「あれ、ニィ君もう 酔っちゃったの? わし、もうちょっと 飲みたいなぁ」
「お・・俺、はやく・・その」

ニィがそわそわと焦れている。
オーディーンはたまらず バッと立ち上がった。
「ああ、もうちょっと意地悪がしたいのに。
君、かわいすぎる」

オーディーンはニィの手を取ると ざくざくと人をかき分け
何事かと見る酔客たちをしり目に
ニィを引っ張るようにして二階に取った部屋へ向かう。

思い切りよく閉められた扉の内側では・・もう物語らずとも よいだろう。











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