君の胸に竜は眠る

(♪DEAR あおいとりのうた)


§ 11歳

***
うずらの卵ほどの大きさの銀の鈴は
10尺ばかりほおリ上げられ 木漏れ日を受けて
一瞬、きらりと光る。
あの鈴が 再び地面でチリンと軽い音をたてるまでに・・

***

「5回、突きを出せ」
「えぇ! こんなに重たい剣、2回がやっとだよ」
「5回突けたら、そうだな、
おまえの欲しがっていた あの赤い硝子玉、
買ってやるよ」
「ほんと!?弐伊!ほんとに?約束?」

***



ひと月ほど前、弐伊とでかけた小間物屋で
灰色の目をした異国人をみかけた。
妙に親しみをおぼえて ダンテは人懐っこい猫のように傍らに寄り
大きな姿を見上げて微笑んだ。
異国人はさして驚いた風でもなく、
むしろ 懐かしむように目を細め、青い目の子を見おろす。
彼はしばらくじっと子供を見つめていたが
彼が何か話しかけようとしたところで ダンテは店主に追い払われた。
しかし ダンテはその異国人が店主に見せた一寸ほどの硝子玉に惹かれた。
自分を抑える使用人の腕をくぐりぬけ
ふたたび帳場に近づく。
店主に邪険に肩を押されながら 異国人の手の上を覗き込んだ。



赤い硝子玉は 角度を変える度に 中から不思議な青い閃光をチラッチラッと放っていた。
異国人はダンテに顔を向け教えてくれた。
「リュウノイキ トイイマス」
「竜の息?」
「ハイ、セカイニハモットフシギデ ウツクシイモノガタクサンアリマス。
イツノヒカマタ アイマショウ、ダンテ」
「うん!」
店主には ダンテが物欲しそうな顔にでも見えたのか
異国人の言葉が切れるやいなや、使用人に表まで連れ出すように命じた。

異国人との取引の折には用心のために店主が弐伊を呼ぶ。
弐伊は黙って戸口の側、当たり障りの無い所で様子をみているだけだった。
異国人は 用を済ませ 店を後にする折に すれ違いざま
弐伊に二言三言、声をかけた。
ダンテは見上げてそれを聞いたが 言葉が呪文のようで
さっぱり わからなかった。
しかし 弐伊は理解しているのか 目を伏せ、軽く微笑んだ。




***
「弐伊、弐伊、あれ、誰?知り合い?」
「いや、知り合いというのではないが・・・・神様かもな」
「かみさま〜〜?神様って商売人だったのか!」
「神様が神の国でたいくつして 漫遊の旅に出かけてきたんだろうな」
「そういえば・・・ダンテって呼ばれたよ、へんだ、へんだぁ!」
「・・・そうか」
「わけわかんねー。ねえ、あの赤いの欲しい。ほぉしぃいっ!!」

ダンテの興味がすぐに硝子玉に移ったことは 弐伊にはありがたかった。
いまは 魔界でのし上がり冥王を自称する強欲の魔、”無道”に備えるのがやっとだ。
さらに世界をひっくり返しかねない神の存在と、その関係を語るのには時期尚早だ。
弐伊は 北の神、オーディンのきまぐれを 少々迷惑に感じていた。

「おまえ 知らねぇの? あの小間物屋はめちゃめちゃごうつくばりで
どれもこれも目が飛び出すほどの値だ。
またいつか 見せてもらえるようにしてやる。
それで我慢しろ!」
「ちぇぇ・・」
納得したのかしていないのか、ダンテは頬をふくらませてみせたものの
それ以上 ねだることはしなかった。

***

「腕だけで剣を振ろうとするから おっつかないんだ。
腰を入れて 肩を前に出せ」
「くそっ わかんてんだけど・・・もういっぺん!」

ダンテを見守りながら 弐伊からダンテの声が遠ざかっていく

「もういっぺんだ、弐伊!」
「なんべんやっても同じだよっ、ネロ」

淡い光の紗を通し かつての 友を見る。
そして そのかたわらに自らの姿。
ふたりで隠れて剣の稽古のまねごとをした 15歳の日々。



「弐伊。弐伊!いま4回できた。見た?見た?」
「え? あ、ああ・・・」
「・・・うそだもん。弐伊、こっち向いてたけど、俺のこと 見てなかった」
「ダンテ・・」
「弐伊の嘘なんて わかりやすすぎて涙でそうだよっ」
その言葉通り、ダンテの目が潤んでいる。

「どこ見てたの?なに考えてたの?」
「・・・」
「弐伊は、弐伊は、俺のことだけ 見ていればいいんだっ」
「見てるよ、・・ごめん、ごめん、ちょっと他のこと考えてた。
前の仕事がな、」
「うそだっ。ぜったい うそだ!」

ダンテは珍しくだだをこねた。
「弐伊はここにいて、俺だけを見ていればいいんだ。
遠くにいっちゃいやだ・・・」
「遠く?」

そうだ、いま、自分は遠い過去にいたのかもしれない。

「遠くに、弐伊の欲しいものがあるのか?」
「欲しいもの?」
自分は過去を取り戻したかったのだろうか。
もういちど 考えてみる。
そのとき ダンテが彼の手をとった。
小さな手が大きな手をつつみこもうとしている。その あたたかさ・・・
「いや、欲しいものなんか ないよ。おまえがここにいれば」

夕のひぐらしの啼き声が降ってきて、ふたりは現実の時間にもどされる。

「ダンテ、志乃の茶屋のお風呂行こうか」
「うん」








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