君の胸に竜は眠る

(♪: DEAR あおいとりのうた)


§ 11歳A

***
志乃というのは若くして出会い茶屋を仕切る”おかみ”だ。
男性でありながら女物で飾り、どこからどうみても女性にしかみえなかった。
その色香ときたら 並みの女性ではおぼつかぬ程で
一度、魔物に襲われている所を弐伊が救ったことからちょくちょく湯屋として利用するようになっていた。
里の人々とは体の色が少々異なるため、
弐伊やダンテにとっては長屋の共同風呂を使うよりも好都合だった。

***



「髪、そろそろ染めなおさなきゃな」
ダンテの髪を洗いながら、そこに銀色が目立ってきたのを見て弐伊がいった。
「俺、もうすぐ12だから自分でやる。ネロ君も自分で染めてた。
俺もできる」
「ネロはもうおとなだったろ」
「けど、見た感じ12か13歳くらいだったもん。
・・・弐伊、ネロ君知ってる?」
「あ、ああ、友達だった」
「大好きだった?」
「・・ああ、好きだったよ」
「俺より?」
「なに、キライっていったほうがよかったか?」
「そうじゃないけどぉ。
にいちゃんもネロ君と剣の稽古してるときは楽しそうだったし
なんか おもしろくねぇ・・・
ねえ、弐伊も四兄ぃも大人なのに、どうしてネロ君だけ こどもみたいなんだろ」
「悪い・・・魔法かな」
「助けられなかったの?」

助けたかった、その言葉が出せないで、弐伊は口ごもった。
ネロは自分の間近にいたのだ。
それなのに まるで気付かなかった。
ぽっかりと、そこだけ、抜け落ちたように・・・

会話が途切れてしまってようやく ダンテはその日一日 弐伊を困らせていたと思いなおした。
弐伊の目がよそを向いていると感じると、やたら イライラする。
弐伊はダンテにとってはじめて、そしてただひとり わがままを言える相手だった。
大好きな弐伊・・・
大好きなのに、哀しそうな顔をさせた。
大好きだから、笑って、弐伊・・

「弐伊、背中流してあげる!」

「弐伊、気持ちいい?」
「ああ、いいよ。もっとごしごしいってくれ」
弐伊は背中の手がとまり やわらかい頬がよせられるのを感じた。

「弐伊、ごめんね。もう ネロ君の話はしない・・・」
返事のかわりに 弐伊の肩がピクリと動いた。

押さえようとしていた小さな嫉妬の炎が再びポッとあがる。
それはあの赤い石にみた青い閃光のようで、現れては消える。
しかし、そのもとは確実にダンテの内側に存在していた。
弐伊とネロの間になにがあったのか、わからない。
問いたいけれど、問うてはいけない なにか。
幼い心が自らに嘘をつく。
もやもやした感情に蓋をして、そんなものはなかったことにするために
こどもは ことさらにふざけてみせる。

ダンテは弐伊の首に腕を回し、後からのしかかった。
「でっけぇなぁ、弐伊の背中は!」
そのまま 弐伊の肩越しに覗き込むような格好をしていたが
「なぁ、弐伊、股、おもくねぇ?」
「はぁ?」
「重くね?それ」
「みるな、ばかもの」
「あ、照れてる」
「おまえもじきにこうなる!」
「やだぁ、そんな怖いの」
「怖い?」
そういうと弐伊はこらえきれないといったように大笑いしだした。
ダンテはうれしくなった。うれしくなって、弐伊にしがみついたまま
ぴょんぴょん跳ねた。



***

ダンテの剣の腕前は、日毎、めざましい成長を見せる。
数日後には5回の突きなど、まばたきの間にくりだしてしまうほどになった。
これは 弐伊にも驚きだった。
さらに弐伊は 幼い姿に隠された闘いの本能の炎が
わずかに目に映るのを見る。
やさしい面(おもて)の内側の、
いまはわずかに見え隠れするばかりの小さな炎。
それは 生けるものの負の側面を一手に受け止める魔族のもつもの。
本能に正直で、ときにそれは背徳的でもある。
しかし 純粋であるがゆえに、 人間も神も魔に惹かれるのである。
いつか その炎がこの子を冷たくつつむ時がくるのだろうか。


「しまったな、50回って言えばよかったよ」
「だめっ、約束だからね、あの赤いの 買ってね」
ふたりは小間物屋に向っていた。

ところが あの異国の赤い硝子は 売れてしまったという。
「あの硝子玉は世界でひとつってわけじゃないから、いつか、きっと買ってやるよ」
さほど こどもを相手にするのが得意とは思えない弐伊が
必死に 自分をなだめようとしている。
ダンテは 弐伊を見上げて笑った。
「いいよ。けど、弐伊は世界でひとつだ。
弐伊がいればいい」
「ああ、うれしいねぇ。俺、泣いちゃうよ。
よし、なにかわがまま言ってみな。できることなら応えてやるよ」
「うーんとね、おんぶ」
「おんぶ!?・・・ま、いいか。ほれ」

「きもちいいなぁ。弐伊の背中はでっけえなぁ。
俺、なんか ふわふわやわらかいもんに 包まれてるみたい」
「そうか」

つつまれているのは 俺のほうかもな・・・

大きな赤ん坊が背中で寝息を立て始めたのを聞きながら
弐伊は そう 思っていた。











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