卒業
§3
Sweet Moment  (♪煉獄庭園 それから5か月) 

*****




「じゃまするぜっ」

ノックもそこそこに
弐伊の事務所兼ねぐらの「アリスの店」にやってきたのは
四だった。

もう 夜も10時をまわっているが、
ふたりにはまだ宵の口だ。

「今日はボウモアのダーケストが入った。
一杯やろう」
「店は もういいのか」
「あそこを あけるも閉めるも
俺の勝手だ。
稼ぐのが 目的じゃないからな。
ま、情報を集める場、っていうのかな。

銃の手入れ中か・・・」
「ああ、もう少し連射能力をあげようとおもって。
なにか 用か?」
「なんだよ、なにかなければ きちゃいけねぇの?」
まじめにムッとしている四に
弐伊は笑っていった。
「すまん、いや、かまわん。
むしろ よかった・・・
なにかしていないと 落ち着かない気分だったから」
「ほぉ・・・」
四はそそくさと片づけをはじめる弐伊の動きを目で追いながら
なにかいいたげだった・・・。
「けっこううまいヤギのチーズがあるが、食うか?」
「すっぱくない?」
「ああ、大丈夫。うまく熟成されてる。
フランスのスポンサーの農園自家製だ」
「サンドニか・・・」
「そ。 つい先日 呼び出しがあって、行ってきた」
「仕事?」
「まぁ・・・な」
「いえよ。」
「なにを?」
「情報屋だぞ、俺は。
知らないとでも思っているのか」
「・・・」

「サンドニから申し入れがあったらしいな。後継の。
娘は・・なんていった」
「エルザ」
「すんのか?結婚」
「わからん」
「わからん!? おれなら即断るがね」

「俺はあの子が赤ん坊のときから知ってる。
はじめてあそこに派遣された時は
まだ10代だったんだが

ネロがいっしょだったよ」
「そこでその名前がでるか・・」
「んま、サンドニのおやじは そのときから
俺を娘の相手にきめてたんだとさ。
勝手に・・・」

「でも、まんざらでもないというわけか・・・
それは、それは・・」

四は なにか釈然とせず、イラついていた。
「もしかして 彼女に気でもあるのか?
まぁな、てめぇもいい年だし?
身をかためて、こどものひとりやふたりもちたいと
思ったって おかしくないわな。
おまけにあのエリアの宗主待遇だ。
キサマにはバンバンザイのハッピーライフだ」
「やめろよ!
俺にはダンテがすべてだ!
しかし・・」
「あいつらの 成長振りがまぶしいか」
「・・・」
「自分がじゃましてるんじゃないかって、思ってるんだろ」
「お前はおもったことないのか・・
俺らはもうやることも やらなきゃいけないことも
おおかたは決まっていてそれを遂行するだけだ。
でもあいつらにはまだ 選択肢がたくさんある。
恋愛だってそうだ。
しばるわけには いかないだろ!」

しばらく 二人の間に沈黙があった
グラスを眺めていた四が
ふっと 笑って口を開いた。

「闇の王の事件で・・
俺も おわったとおもったよ。
情けない話だが・・・もう 捨てられるって
思ったね。
“捨てられる”・・・だぜ?
ほんと場末の哀しい女のようさ」
「ベタボレだな」
「人のことがいえるかっつーの。

たしかにアレ以降、 バージルはかわった。
それまであらゆる面で俺に預けっぱなしだったものが
・・そ、そうでなくなったっていうか・・」

四が急に照れはじめた。

「なんだ、どんなすばらしいコメントが出てくるかと思えば
しりすぼみもいいところだな」
「だからさ、 こう、 ぐぐっと深まるっていうの?」
「早い話、愛し愛され、絶好調だっていいたいわけだな。
ノロケか」
「ま、そうだ。
お互いの存在が当たり前で
欠けることなど考えられない、というかな。
対等の大人になったように感じる。
こどものままでも、そりゃ、かわいいが・・・
俺は正直言って、愛されるヨロコビっての?
はじめて感じている」
「はいはい。ごちそうさま」
「なんだ・・・ダンテとなにかあったのか?」
「そうじゃないが
いや、そうじゃないと思いたいんだが・・・
あいつは・・・」





「あの事件以来
俺に触れるのを怖がる。
俺が触れようとしても
一瞬からだが強張る。
やつは俺に気づかれないようにしているつもりらしいが」

「ココロに受けた衝撃はよほど深かったんだろうな・・・
あいつは意識の下にうずめようとしているが
手が お前の命・・・心臓の感触を憶えてるんだろうよ。

あの時・・・キサマは死んでたから知らないわけだが

ダンテの目は虚ろで
絶望と狂気の淵にたっているように 見えた・・・

その姿を目の当たりにした俺たちも
底無しの穴に突き落とされるような気分だった・・・」

「忘れさせてやりたい・・」
「それじゃ、なおさら 迷ってなんかいられないじゃないか。

それに 忘れさせるってのはちがうだろ?
これからあいつは
内面の悪と対峙しようとしているんだ。
もっと強く、見守ってやれよ。
それがお前の役割・・・いや・・・
いつでも還ってこられる場がキサマの腕だろう・・・


なに 揺れてるんだよ。
大人気ない。
だいたい 結婚話で逃げを打つなんてサイテーだろうが。
ダンテも中途半端
当て馬にされるエルザもいい迷惑だ。
わかってんの?」
「わかってるさ!
わかってるが
・・・アイツの過去になってしまうのが怖い・・・。
ずっと「今のヒト」でいたいのに・・・

あーーーーもぉ
かっこわるい。
なんでてめぇに言っちまうかな、こんなこと」
そういって弐伊は四に照れたような、
困惑したような 笑顔をみせた。

「あーもぉって言いたいのはこっちだ、くそ。
そんな綺麗に笑うな。
一瞬ぐらっときた。
トキメク少年のようですな、おっさん」
「何とでも言え。
今はしっかりつないでいる愛おしい手が するっと抜け落ちていく、
そんな予感に打ち震える情けないオヤジってとこだ」
「なぁにが 打ち震えるだ。
ベタベタのボレボレだな。

しかし・・・ほんとにいつか
あいつらは 俺たちの元を
卒業してしまうのかもしれない」
「・・・それも あり、か」
「そうだ、あり、だ・・・
そのときは捨てられた者同士ひっつくか」
「やめてくれ。考えたくない」
「ひどいな。
んで、どうすんだ、プロポーズ」

弐伊は いちど 大きく伸びをし
息をついて言った。

「ことわるさ。
エルザはいい娘だ。
俺じゃなくていい。
ことわることで 西ヨーロッパエリアの管理が悪くなることはないしな
仕事は仕事だ」

「ちょっとは 気が晴れたか」
「ああ、おかげでな。
ちっせぇな、俺も」
「俺は嬉しいよ。
弐伊がそうやって 俺にはほんとのところを見せてくれるのが」
「なんでかね・・・」
「じつは やっぱり 俺を愛してる。」
「断じてない」

しかし、 弐伊はしばらく間をおいて続けた。

「最高の仲間だ」

***

四がグラスにスコッチを足しながら言った。
「乾杯するか」
「なにに?」
「そうだな、あいつらの未来と
かわいい俺たちの 
『今』に・・だ」
***



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