Stay with me. ('caz i luv u)

§5 Stay with Me 音楽を流します




Stay with Me 5

***
アパートの部屋はカーテンをすかして入るわずかな白い明かりだけで
それが室内の様子をぼんやりと浮き上がらせていた。

ソファのせもたれに大きく片腕をかけ首をもたせかけているシルエットがある。

「ダンテ? いるのか」

影は動かず、また返事もない。
「寝ているのか・・・」

音をたてずにソファの脇を過ぎたとき、背後から声がした。

「くせぇ〜」

間延びした、侮蔑をふくんだ声音。
ふりかえると それ自体が発光しているとしか見えない 赤い目があり、
ぎょっとする。

「オスくせぇよぉ・・・」
そして クックッと喉を引きつらせたように嗤う。

いつもなら お互いの照れ隠しに その日の「報告」をして
茶化しあう。
無駄だとは思ったが、そのときのおかしな空気を変えようと
カラカラした喉から精一杯の言葉を搾り出す。
「よ・・四の昔話が長くてさ・・・」

しかし耳に障る異様な音でそれ以上いえない。

ピタピタと肌を打つような淫靡な音。
けっして他人に聞かせるものではなく、
自分の小さな殻の中でひとり知る音。
他人に聞かせもしないし
他人のものを聞くこともない。

「どうしたんだよ。 やめろよ。
やるんだったら 自分の部屋でやれ」
バージルは少し怒りをこめて言った。

「つれないなぁ〜
あそぼうよぉ〜
やろうよぉ〜
気持ちいいこと、しようよぉ〜・・」
「ばか言って・・」
そうたしなめようとした時には
すぐ目の前にダンテがおり、胸倉をしぼりあげられていた。

「遊ぼうって言ってんのぉ。
好きだろ?アレの匂いがプンプンしてる・・」
目の前にあるのは狂った獣の顔だった。
獣はニタリと嗤うと バージルのシャツを剥ぎ、肩口に噛み付く。
バージルは力任せに ダンテを突き飛ばした。
「おまえ、どうしたんだよっ」

するとしりもちをついたダンテがぽろぽろ涙を流して
さも 哀しそうな目をして言う。
「弐伊ったらね、ひどいんだよ。
ぼくね、どうしたらいいのか わかんない」

バージルは はっとして 手を差し伸べる。
「なにがあったんだ?」

すると ダンテはその手をガシッととるとバージルを引き倒した。
そのまま馬乗りになって 見おろす顔は また 飢えた狂獣だった。
「あ・そ・ぼ・う・・・って言ってんの」

豹変したダンテに驚愕しながらも、バージルは努めてゆっくり、言った。
「遊ぶんだったら、他の事しようぜ。
そうだ、モールのビリヤードいかねぇか」
「・・・」
ダンテは連れてこられた子犬のように いぶかしげに小首をかしげる。
バージルは続けた。
「これは いやだ。俺には俺の お前にはお前の恋人いるじゃん」
「・・・知ってる?気持ちイイコトはねぇ、愛だの恋だの なくてもいいの。
そこらの野良犬みたいにヤりたいときに だれとでも すればいいの。
いまはぁ、俺、おにいちゃんと ヤりたいの」

聞く耳など今のダンテにはないと知ると バージルは自分を押さえつける腕を取り払おうとした。
それとほとんど同時に 彼は髪をつかまれ、しこたま 床に頭を打ち付けられた。
手加減なしの仕打ちに一瞬目が眩む。



首から胸へ舌が這い回る。ゾクっとするが、それは寒々としたものだ。
胸元に噛みつかれて感じる痛みは そのまま こころの痛みになる。
ダンテの手がジーンズの中に差し入れられるが、何も感じない。
ダンテは バージルの手をむりやり自分のものをつかませるが
そうする彼自身が 何も反応を示してはいなかった。
激しいが無為な時間だけが過ぎていた。
バージルは 黙って耐えていた。

ふと バージルの胸に顔をうずめたまま ダンテの動きが止まった。
バージルが少し頭を上げ、目をやると ダンテの肩が小さく振るえていた。
バージルは肘を使って ダンテを乗せたまま 体を起こした。
ダンテはそのまま 上体を兄の腕に預けるような格好になっていた。
ほんとうにそれは 捨てられてずぶぬれの子犬そのものだった。

「どうした?弐伊となにか あったの?」
「俺、やな奴なんだ。こんなにやきもちやきでさ、自分勝手でさ・・
弐伊にはね、ずぅっと大切で、忘れられないヒトがいるんだ。
だけどね、俺、弐伊のイチバンじゃないとやなんだ。
でも だめなんだ。 俺じゃ、だめなんだ。
ガキだし、弱っちいし、じゃまものだし・・」
「ダンテは俺のイチバンだよ。泣かないで。
俺がそばにいるよ」

そのとき ダンテの向こう側にある部屋の戸がカチャリと小さく開くのをバージルは見た。
鍵がかかっていないと知り、すこしためらった様子を見せ、そしてそのまま開けられた。

「(弐伊・・・)」

乱れた衣服のまま抱き合っている兄弟を見て 弐伊は戸口にしばらく立ちすくんでいた。
バージルはムラムラと怒りが湧いてくるのを抑えられない。
弐伊と目を合わせ、見据えると、そのまま目を離さず、
ゆっくりとダンテの顔をあげさせ口付けた。

弐伊はしずかにちかづき バージルの視線を受けたまま
ダンテの背に触れた。

「ダンテ・・・行こう」

ダンテは びくっとして振り向いた。
ダンテに急速に現実が戻ってくる。
大きすぎる感情の波に飲まれたように、 そのままダンテは気を失った。
ガクっとダンテの重さを感じながら バージルはしっかりダンテを抱きしめ
弐伊に低く言う。



「こいつは 渡さないよ。
なにがあったのか、そんなことはどうでもいいんだ。
こいつがこんなに激しい感情をあらわしたことは ない。
悲しみの虜になってる・・・
自分を押し殺してでも 他人に笑顔で優しさをくれるやつなのに・・・
こんなに悲しんでる・・・おまえのせいだ。
こいつを最後まで守ってやれるのは、俺だ。
帰れ!」

弐伊は ゆっくりバージルの胸を押した。
バージルの ダンテを抱いていた腕が緩む。
弐伊そのまま ダンテをやさしく抱え込んだ。

「もらっていく。
こいつは 俺の命そのものだ。
そして
こいつにも 俺が必要だ」
「なに 都合のいいこといってる」
「バージル、 おまえ わかるだろう。
どれだけ口がさからっても
おまえの こころが 四を求めるように
四しか おまえを癒やせないように・・・

だから・・・・
もらっていく。
ほんとうに コイツを愛してるなら、
わかってくれ。
もう 泣かせないから」

弐伊の腕の中で目覚めたダンテは
まだ放心していたが
身体を預けながら、すこしずつ 自分を取り戻しているようだった。

そのまま何も言わず ふたりは 部屋を出て行った。

バージルは衣服を直すとジャケットを取った。

***

まだ眠っている四の横に バージルはすべりこんだ。
薄く目を開いた四は 彼を認めると
穏やかに笑っただけで、腕を伸ばしそのからだを引き寄せた。
バージルも黙ったまま、四の胸元に顔をうずめた。

***

「ダンテ・・俺の今はお前とともにある。
他の誰でもない。
お前は 俺の かけがえのない 恋人だから・・」



***

夜が明ける。
薄い三日月は 光に追いやられ 失せていた。









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