Stay with me. ('caz i luv u)

§4 螺旋 音楽を流します




Stay with Me 4

***

街は目覚めているが、まだ動き出してはいない。
矢車菊色の空に雲はなく、その日の晴れを告げていたが、
そのぶん、空気はひんやりしていて
バージルはおもわず 襟元を掴んだ。
そして パブの裏口の扉を静かに閉じ、足早に自分のアパートに向うのだった。

***

弐伊とダンテが去った後、
人払いをし、店を閉めてしまった四の欲するものをバージルは感じたが
かんたんにシッポは振らない、とばかりに 少しすねてみた。

「憧れ・・・ね」
「そうさ。俺も男に惚れられるような男になりたいね」
「・・・」
「また拗ねる・・。
だから、あるだろ、ああいう男になりたいもんだっていう
理想みたいなもんだ。
惚れた腫れたの「惚れた」じゃねぇよ」
「うそだ」
「ま・・・ちょ・・っとな」
「おーい!」
「ははっ・・。はい、ミルクシェイク。チェリーはおまけ。




(画:きゃんそん)


俺の記憶のなかにある ちいさな棘・・・
弐伊も同じかもしれない。
たまに チクチク俺を刺激して、抜けない。

青かった俺たちの記憶の真ん中に
俺の兄貴がいる。
俺と弐伊の兄貴への想いは、 あたりまえだが、異質のものだ。
俺は肉親として 弐伊は仲間として
愛していた。
彼の失踪がもたらした痛手は計り知れなかった。
俺たちはそれをリカバーする方法を見つけられない。
手っ取り早く我を忘れてしまう方法・・・
セックスだったり、暴力だったり・・どちらも刹那的で幼稚だ。
でもあのときの俺は、兄貴の悲劇さえ興奮の材料だったように思う。
まさしく劇、芝居さ。
打ちひしがれる弐伊の姿は天上の星座よりもきれいだ・・・なんてな。
弐伊はそんな俺にも、起こったできごとにも 目をとじ、里を出た。
俺は追わない・・・「憧れ」を異常な状況によって恋と錯覚しただけなのか、
弱味を見せる美しいモノを蹂躙したいような、残酷な感情だったのか
いずれにせよ、一時的な昂ぶりなのだと
自分を納得させた。
気に入っている娘もいたしな。
甘くて苦い思い出・・・ってやつだ。

お前にはない? 忘れたいけれど忘れられない、
思い出したくもないが、捨て去ることもできない 過ぎ去った時間」

バージルに幼い頃受けた陵辱の時がよぎる。
しかし、それは彼自身が本能的に拒絶していることで、やんわりとぼかされた光景になった。

それに気付いて 四が慌てる。
「いや、余計なことを言った。すまん・・」
「四兄ぃが それもこれもひっくるめた俺を受け止めてくれてるのなら・・・
あの日々さえも俺の過ごした時間の一部。
忘れたいけれど忘れず、
そっとしまっておきたいと思う。
むしろ 「あの時」を越えてきたから 今、こうしていられることのうれしさを
倍にも3倍にも感じられるって、思う・・・

俺に惚れられちゃ、いや?」
「おまえで よかった」

バージルは一度目を伏せ、一瞬の間をおいて顔を上げたが
まっすぐな四のまなざしを ふっとかわすように
グラスのチェリーをとって 口に放り込んだ。
前歯の先で軽く食み微笑む。

四が顔を寄せる。
「チェリーが・・」
「種は俺が捨てる」

唇の触れ合う距離で囁く。

バージルがかるくチェリーの種を舌先で四の唇の間に押し込んだ。
四は少し顔をかたむけ カウンター越しにシンクまで種を飛ばす。
コンと 軽い音がしたとき すでにふたりはお互いの舌を絡めていた。

***

「可愛い人・・・か」
バージルは帰り道を急いでいる。

***

店のカウンターもテーブルも、本来の目的ではないものに使われた。
バージルも四も、甦ったそれぞれの過去の日々に煽られて
「今」を確かめるようにお互いを求めた。

バージルは囁いてみる。
「今、四の眼に映っているのは、誰?」
「おまえだ・・・・バージル。おまえしか いない」

夜明け前には店の奥のベッドにいた。
枕に背を預けた四の太ももにまたがり
バージルはすこし四を見おろす格好になっていた。
いとおしむように 四の前髪をいじっていたが
それをさせるままにしている四の目が潤んでいるように見えて はっとする。

「どうしたの?」
「なに・・・」
「涙?」
「あ・・くそっ・・・なあんか 隠居したじいさんみたいだ・・・

・・・うれしいんだ。
好きだの嫌いだのってぇのは 女のためにあるもんだとおもっていた。
愛し合うことがこれほど うれしいことだなんて・・・」
「悪魔なのに?」
「悪魔はほんとうは 純粋なもんだ・・・
おまえは おれの かわ・・」
「四は、俺の、可愛い人だ」






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