「蒼い月」ダンテ篇

§11 稲荷堂 音楽を流します



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「お・・おまえさんかい。」

女は ダンテの目に少なからず気圧されたようだが、顎をしゃくり、高飛車な態度は崩さなかった。
「今日は 何の用かえ?」
「運び屋の段平と申します。
御用伺いしておりました姉が急逝したものですから、
今後はあらためてわたくしめに仕事を直接いだだきたいと
ご挨拶に伺ったしだいで。」

慇懃に返しながら、ダンテははらわたが煮えくり返る思いだった。
「姉は、こちらを訊ねてまいりませんでしたで・・」
「ごめんなすって。」
「弐伊!」




暖簾を押し分け入ってきた弐伊はダンテを追い抜きざまぽんと背中を叩いた。
ダンテにしてみれば肝心なところで邪魔されたような気分だ。
しかし、女店主は 弐伊にひどく 興味をそそられたようで、固くしていた表情を崩した。
「おや、おまえさんは?」
「へぇ、こいつの 兄の 弐伊と申します。
女将さんの店(たな)の羽振りは うわさにきいております。
こいつは もっぱら 荷物の運び屋でお世話になっておりますが
わたしは 店を守る、用心棒といいますかね、
刀一本でお足を頂戴するしがない浪人者にございます。
こいつといっしょに つかってみてやってくださいませんかね」
「あれまぁ、ひどく歳のはなれた兄弟だこと。」
「はずかしながら、おやじとお袋のまちがいかと・・・」
そういって 下品に笑って見せた
「な・・・・なんてこと」
ダンテは弐伊をにらみつけたが弐伊はお構いなしだ。
「いかがでしょうか。いろいろと お役に立ちますぜ」

(弐伊のヤツ・・・むかつくっ・・)

ダンテは自分でも顔が真っ赤になってるのがわかるようだった。

「そうだね、ちょっと用向きがあってでかけるところだったんだけど・・・
ちょうどいい。可愛い坊やに 届けてもらおうかね。
おまえさんは・・・」
そういって 女は弐伊の襟首に手をそわすと
「これからの仕事の話でも しようかね。
奥へ 来な。」
「はい。 ありがとうございます。
で、弟は 今日は何をさせていただくんで?
兄としては こいつの上がりも つかんでおきたいんで。」
「ちょっとした 届け物だよ。
坊や、 荷物はこれだよ。
新三、途中まで案内しておやり」
しんぞう、とよばれたのは 十歳にもならないこどもで
返事もせずにただ頷いて ダンテの手をとった。
荷物は先日と同じような小さな包みだった。

弐伊は軽くダンテに目配せすると
女に引かれて 奥へ入っていった。

道々 ダンテは小さな子に 店のことなど聞いてみようと思った。

「しんぞうちゃん、もうあそこに長いの?」
答えない
「しんぞうちゃんは いくつなんだい?」
「あーあー」
新三はそういって 口を指差した。
新三は、舌を切られていた。



(なんてことを・・・)
新三がにっこりわらうのがかわいそうで たまらない。

案内されたのは、あの稲荷堂だった。

「ここ?」

裏から堂に入ることができ、新三がつるしてある紐を引くと
そこに 下へ降りる階段が現れた。

新三は ダンテにぴょこんと頭を下げると
ひとり 店へもどっていった。

「入れ、と いうことだな・・・」
ダンテは一歩を踏み出した




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