「蒼い月」ダンテ篇

§13 嫌悪 音楽を流します



******

「あ・・・・
すみません。
摩禰屋のおかみさんに頼まれたものをお届けにあがったのですが
こちらの勝手がわからず、途方にくれていたところでございます」

(こいつは ただのニンゲンだ)

薄暗いことを利用して ダンテは泣いていたことをごまかした。

「ああ、そうかいそうかい、まっていたよ。」

ダンテが立ち上がると、その小太りの男はダンテの胸の辺りまでしかない。
目がすこし およいでいて、下穿きもつけていなかった。
見下ろしながら 
(貴様らのようなものを 相手にしなければならないとは・・・)
と 自嘲とも 憤りともつかない感情を抱いていた。

しかし、相手は高飛車だった。
「おかみもしゃれたものをよこしたものだ。
女にも少し飽きた。おまえ、来い。いい思いをさせてやろう」

明かりのともった部屋は甘い匂いのする煙がただよっている。
しかし 生臭い体液の匂いと混じって、気分がわるくなりそうだった。

(汚ねぇ・・・)

裸の女が数人おり、絡み合ったり、自慰にふけっていたりする。
ひとり ダンテを見て、がさがさっと這いよってくると足の方からむしゃぶりついてきた。
「どけ!」
小太りの男が その女を蹴飛ばした。
女はそのまま ひっくり返り、嗤って足を開いて見せた。

(汚ねぇ・・・)

男は部屋の一番奥にある座椅子に深々と腰をおろし、荷物を開封した。
「お前 わかるか、
この小さな包みは限りなく金を生む 魔法の塊よ・・・ヒャヒャヒャ・・」
男はこのあたりを預かる代官だった。
そして包みを脇におき
代わりに小机の猪口の液体をすすると
いきなり ダンテの頭をかかえて
口移しでそれを飲まそうとした。

(汚ねぇ・・・!)

ダンテは手のひらを男の胸に向け、すっと気を込め、放った。
男は気を失った。

その技は弐伊に教えてもらったものだ。
溜め込んだ怒りを気に代えて、相手に放つ。
力の入れようによっては相手を一気に倒すこともできる。

「では きょうのところは おいとまいたします」
物言わぬ相手にそういって、ダンテはその部屋から出た。

いきなり その後を追って、さっきの女が駆け寄ってきた。
背中からダンテを抱え込み首筋に噛み付いてくる。
「汚ねぇ! 寄るな!」
はねつけると、女は蜘蛛に形を変えてさらに襲ってきた。
「てめぇ・・!」
ダンテは背中にかくしてあった小刀でたちむかったが、蜘蛛の吐いた糸につかまってしまった。
体力が奪われる。
「精気を吸っていきてるのか・・
汚ねえ、つまらねえ やつらめ!
てめえらに いまやられちまうわけには いかないんだよ!」

一瞬怒りを爆発させると
蜘蛛は塵になって消えた。

その一瞬に 彼が姿を変えたことを
彼自身も 気がついていない ―――

**

人が手を合わせる稲荷堂の底に
欲望の渦がまく 忌まわしい場所がある・・

「ニンゲンのねがうのは 色と金と地位か。
ニンゲンも魔も境はねえんだな。
どいつもこいつも・・・

汚ねぇ・・・・汚ねぇんだよっ

バージル、 俺、 またここに来るだろう。
そんとき 全部、 ぶっ壊してやるさ。
おまえが味わった苦痛も消してやるよ。
みんな 消えちまえばいい。
俺が 消してやる。
このニンゲンと魔の 欲でつながった
穢れた血でな。」








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