「蒼い月」ダンテ篇

§14 剥がされた仮面 音楽を流します



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いま 自分が帰られるのは 弐伊のうちしかなかった。

「ちぇっ・・・」

なんだか 顔も見たくなかった。

「汚ねぇ・・・やつ・・・
俺も・・・汚ねえんだ」

なにもする気が起こらず ごろごろして時間を過ごしていると
やがて 弐伊が戻ってきた。

弐伊は そこにダンテがいるのを確認し ほっとしていた。
あからさまな探索活動に走りそうな彼をセーブしようと
後を追って摩禰屋で合流したものの
成り行き上、別れて行動しなければならなくなったことを、少し 不安におもっていた。

「なぁに やってんの。
飯の用意は?」
「・・・寝たの?」
「え?」
「あの 狐女と 寝たの?
今日も お楽しみ?」
「おまえ、なにが、あった?」
「ほんっと、よくやるわ。ああ、汚ね、汚ね。
・・・弐伊なんか、弐伊なんか・・・
みんな 欲にまみれてどろどろになって、地獄へ落ちてしまえばいいんだ・・・」
「まて、まってくれ。
なにかあったんだね。教えてくれないか」

ダンテは 兄の帯を取り出す。

「これは…帯?・・・血が・・・
ダンテ、なにがあった。言ってごらん」
からだを揺すってでも問いただしたくなるのを、弐伊は息をのみこんで抑える。

稲荷堂で見たことを  ダンテはぽつぽつと弐伊に語る。

おぞましい、肉欲の空間。ダンテの嫌悪は十分すぎるほど理解できる。
さらに自分の親しむ者が犠牲になっていたなら、
人にも行為そのものにも、憎しみさえ生まれるだろう。

「弐伊・・・おれは 二つの血が混じってるんだね。
ニンゲンと魔物が色の欲に堕ちて できちまったんだな。
やだよ。
おまえは泥人形なんだって言ってもらう方がましだ・・・」

ダンテは自分の手を見つめ つぶやくように話す。
「この指の骨、腕の骨、胸の骨を
ひとつずつ 自分で折って
塵になるまで砕いてやりたい・・・」
「やめろ!
お前の父さんと母さんは 種を越えて愛しあってたさ。
お前は、お前たちは 愛と絆の証なんだ、本当だ」
「愛? 絆?・・・そんなもん どこにある!
信じねえ・・・
さかりのついた 野良犬みたいにただ ただ 欲を吐き出してるだけだ。
弐伊だって、そうじゃないか!獣とおんなじだ!
弐伊には 愛なんて 口にする資格なんかないんだよ!」
「ダンテ!
・・俺には おまえが・・!
おまえ自身が 俺の愛そのものなんだよ!」

弐伊は 自分の感情を押し込めていた仮面が
ぱきん と 音をたてて割れていくような 気がした。

「ひとと深くかかわることを避けてきた。
俺は魔族。戦う宿命にある。唐突にくる別れ、喪失・・・こわかった。
それでもおかしな感情さえなければ、傷つかずにすむ。 だから・・・
誰も愛さず、だれからも愛されず、それでいいと思っていた。
酒や色事はいらぬ感傷を忘れさせる。
そうだ、おまえの言うとおり、そこに愛なんて存在しない。
怠惰と色欲に堕ちた魔物と同じ・・
氷のように冷たく、沙漠のようにカラカラにかわいたココロ。
だが、それでよかった。おまえと出会うまでは。
そう 思っていた」
「弐伊・・」
「だけど、ダンテ。おまえが俺に陽を射してくれた。
いや、おまえがおれの陽の光そのものなんだ。
こんな俺が、こんなに人を愛おしく思うなんて自分でもびっくりだ。
嬉しい驚きだ・・・
愛がないなんて言わないでくれ。おまえのこころにはあふれるほどの愛があるじゃないか。
愛おしみ、慈しみ、思いやる・・愛する形はひとつじゃない。
焦がれて、欲してやまない愛もある・・俺は、おまえの・・・」

一瞬ハッとした様子をみせて、弐伊が口ごもる。

「いや、すまない。 俺はおまえに自分勝手な都合を押し付けすぎていた。
おまえを傷つけてしまった」

苦しげに、吐き出すように話す弐伊は 
いつもの冷めた彼ではなかった。

「弐伊・・・
どうして、そんなに苦しそうな顔するの。
ご・・・ごめん。俺、最近おかしいんだ。
弐伊がどこかに行くとキモチがざわざわする。
弐伊が誰かよその人を見てる、触ってるって思うと・・・無性に・・・妬ける。
弐伊は俺を見ていればいい、俺を触っていればいいんだって。
もう俺、バカみたいだ。アイツらとおんなじかもしれないって。
そんな自分がいやだ。
にいちゃんのこと思っているはずなのに
いつのまにか 弐伊でこころがいっぱいになる。どうしたらいいのかわからない。
いらいらして我儘ばかり言ってる
だから 弐伊 ごめんね。・・ごめん」

弐伊は 顔をあげ、
許しを請うように覗き込む少年の目を見た。

「もう・・三文芝居はやめだ・・」
弐伊の手がすっとダンテの頬をなでた。








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