「蒼い月」ダンテ篇

§3 鏡の中の面影 音楽を流します



******

ダンテは風呂敷を肩にかけて 
弐伊に散髪してもらっている。



「四兄ぃとネロ君、だいじょうぶかなあ・・・」
ぽつんとダンテがつぶやいた。
はさみを握る弐伊の手がとまった。
「ネロ?・・・会ったのか」
「うん、しばらく一緒に暮らしてた。知ってるの?」
「あ、ああ、ずいぶん昔の話だ。いや、いい」
ふたたび 軽いはさみの音が聞こえ出した。
「そういえば、ネロ君から ニイという人を知らないかって聞かれたことがある。
それ おっさん!?」
ダンテがくるりと振り返る。
「おっと、こぉら、あぶねえぞ。あっち向け」
「ねえねえ、ともだちなの?おっさんも山の村しってるの?
ちっさい滝があってね、その後ろが隠し通路になってんだよ。知ってる?ねえねえ」

(知ってるよ)

ダンテは弐伊におかまいなしに「楽しい思い出」を話し続ける。
その山の風景は、いくら冷静な弐伊でも涙がでそうなほど懐かしく、そしてつらい思い出の場所だ。

「でもね、ネロ君も四兄ぃも、もういないのかもしれない」
にぎやかだったダンテが急にしゅんとしてしまった。
弐伊は少年のあたまをこつんとかるくこづくと
「あいつらは強いから大丈夫だよ。 けど、しばらくは会えないかもな」
「おっさんも強い?ケンシ?」
「もちろんだ。めちゃくちゃ強いぞ。これからびしびしおまえを鍛えてやるから覚悟してな」
「ぼくも強くなったら にいちゃんを起こしにいける?」
弐伊は手をとめて ダンテの前に回った。
「そうだ。きっとできる。俺にまかせとけ。くじけないでついてくるんだぜ」
べそをかきそうだった顔にいっぱいの笑みをうかべダンテはうなずいた。

***

はさみの軽い音が続いている。

「あの でっかい魔物は どうしたんだろ」
「いまごろ辺土のどっかで傷をいやしてるかもな」
「ヘンド?」
「人間には見えないけど魔族と神族の住む世界がある。
そのふたつの世界の間、すきまにある曖昧な場所だ」
「・・・マゾク?カミゾク?」
「魔族はヒトの感情を、神は自然をそれぞれ司ってる。どっちもいってみれば守り神さまだな。
けど、魔族にも神にも欲張りなやつはいっぱいいてな。人とおんなじだ。
無道はすべての種族にある負の感情・・・欲望や羨望、妬みとかだな
それがあつまって形になってしまった魔物なんだ。
あいつがふくれあがれば 曖昧の世界がひろがって、世の中のすべてのものは形を失う。
世界がなくなっちまう」
「・・よくわからないけど・・こわい。
でも、もうだいじょうぶだよね、ネロ君と四兄ぃが退治した!」
「残念だが、あいつらは少し時間稼ぎをしただけなんだ。
本当に無道を封じるには・・・あと七年・・」
「七年後に勇者がでてくるの!?」
「そ・・そうだな。颯爽と勇者登場だ」
「そうか。僕も強くなって勇者のお手伝いする。あいつ許せない。
・・・にいちゃんをひどいめにあわせたんだ。
ねえ・・・・弐伊?どうして無道はにいちゃんをねらったんだろう」
「それは・・・バージルが無道を封じ世界の混沌を防ぐ役割を負っているからだ。
バージルこそおまえのいう 勇者だな。
そして、ダンテ、おまえもそうなんだ」
「え・・」

「そうだな、どこから話してやればいいんだ・・・。

まず、・・・おまえたちは、双子だ。
無道は一年や二年であの形になったんじゃない。
二千年だ。二千年にわたる負の感情が集まったものなんだ。
もうすぐ暴走がはじまる。それを防げるのは 
光と影、精神の正と負、陰と陽を象徴する存在である双子。
ところがやつは ため込んだ力をもって 時までゆがませてしまった。
双子であるはずだったおまえたちが年の離れた兄弟として生まれた。
無道はバージルをとりこんで、自分の滅びの運命を回避し、
さらに守護者としての彼の力を我が物にしようとしたんだ。
四もネロも、俺も、おまえたちを確かに護り、導く使命をもっている。

お前には辛い話だが

兄が ああして 時を停め、眠らなければならなかったのはさだめだ。
おまえを育てる時間を稼がなければならなかった。

・・・まだわからないよな。すまん」

目の前の少年の髪は、まだ細くやわらかい。
そんな子に世界の運命を背負わせているのだ。
残酷な話だ、と 弐伊は思った。

「世界のことは、わからない。
だけど・・・無道にあった日は にいちゃんは 泣いてた。
ぼくは小さくて よわっちかったから なにもできなかった。
絶対強くなって、にいちゃんを助ける。
おじさん しばらく ぼくを 助けてね。
がんばるから」
弐伊は少年のけなげさにほっとする。
「まかしときな。

さてと、頭、できたぞ、こんくらいでいいか?」

ダンテはじっと鏡を見つめる。
そこに見えていたのは 瓜二つの
兄の面影だった。








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