「蒼い月」バージル篇

§9 存在の価値 音楽を流します


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四をはじめ 数人のおもだったものが西の地にでかけて不在なので
バージルは 別の年長の男につれられて 里へでかけた。
その日の山の品物は肉や、骨の装飾品、その国では見られない焼菓子などだった。

例の客がやってきた。女房をつれていた。
「きつねのようだ・・」
薄ら笑いを浮かべてコチラを見ている女の顔を見て
バージルはぞっとしながら そうおもっていた。

「おまえ、またくるかえ? 山で必要なものを十分にそろえてやろう」
バージルはきっと見返したまま ものもいわない。
老人は鼻先で笑うと
「よかろう。では今日の品物をみせてもらおうかね」

そのとき べつの男がやってきた。
どこかの 屋敷の下侍のようだ。
男はバージルを連れてきてくれた仲間にめくばせすると先立って歩き出した
「バージル、悪いが、用がすんだら、先に帰ってくれ。俺は、・・・別の仕事が」
少し目を伏せると、下侍のあとを追っていった。

「斬られ屋か・・」
老人が言った。
「斬られ屋? なんだよ、それ。」
「お前たちは斬っても死なない化け物だ。試し斬りにはちょうどよいわけだ」
「! そんな・・・ことまで」
「ニンゲンは 醜いか? そうだ、醜いかも知れぬ
修羅のこころ、色の欲、モノへの欲、地位への欲、それらの欲を
おまえたちはぜんぶ うけとめてくれる・・・
ほほほ・・・・感謝しているよ。ふはははは」



耳をふさぎたかった。
なにが誇り高い種だ。
虐げられ、辱められるままの 価値のない生き物じゃないか。

「さて、仕事にもどってもらおう。
ワシもいっぱしの商人だ。 今日のしなに見合うだけのものを渡そう」
バージルがその日手にしたのは いつもの五分の一にもならない コメや酒だった。
文句をいおうとすると おもわなぬほどの強い調子で 老人が恫喝した。
「だまれっ 餓鬼め。 ワシをみくびるな。 これでも大店をあずかる身。
馬鹿な領主の懐もワシの 小手先一つでつぶしも肥やしもできる。
そのワシの目利きで 今日の交換はこれだけといっておる。
さっさと山へ 帰るがよかろう」

帰り支度をしていると、狐顔の女房が近づいて少年の手をとり、何かを握らせた。
饅頭をひとつ買えるだけの小銭だった。
「ありが・・・」
「こんどは あたしが 可愛がってあげるよ、ぼうや。」
血が頭から噴出しそうだった。
小銭を地面にたたきつけた。
女は高笑いして 老人の列の後を追って去った。

しばらくして、バージルはもう一度その銭を拾い
目の前の菓子屋で饅頭をひとつ 買った。

***

「にいちゃん。半分こしよ。おいしいよ」
「いいから ダン坊食べな。兄ちゃん、里でうまいそば食ってきたから。」
「ぼくも はやく 里へいきたいなぁ、どんなの?どんなの?」
「お芝居の小屋があってね、それから・・・」
なにも知らない弟が目を輝かせている。
バージルはあることも、ないこともいっしょにして、夢のような里の風景を語ってやった。





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