「蒼い月」バージル篇

§1 隠れ里の兄弟 音楽を流します


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「おまえ、仕事のじゃまだ、あっちいってろ!」

兄の歳は13、弟は6つ。 
両親は3年前に里にでかけてから行方しれずになっている。
13になった男の子は里へ降りることができる。
初仕事なのだ。
兄は大人の仲間入りをした嬉しさでいっぱいだった。
仔犬のようにまとわりつく弟が、きょうばかりは わずらわしい。 

ふたりは両親がいなくなってから、肩を寄せ合って生きてきた。

あの日

夜になっても両親は帰ってこなかった。
夜が恐かった。
横で小さな弟がぴぃぴぃ泣いている。
一緒に泣きたかった。
でも 泣いてはいけないような気がした。
泣き疲れた弟は 
兄の袂をひしと握ったまま眠ってしまった。
彼は一睡もできなかった・・・。
夜が明けた。
うちの外で 
ときおり怒鳴り声を交えて
大人たちが話しているのが聞こえる。


そのとき 扉を乱暴に開けて、男がはいってきた。
「おぅ! 起きろよ、朝飯の時間だぁ!」
「なんだよ、四の字!朝からうっさいなぁ」
そういいながら、
兄は明るい表情を見せてくれる 大きな顔にほっとし、
嬉しかった。
「おまえらのとうさんとかあさんは 
すげえいい仕事をもらって、
しばらく帰れねえんだとさ。 
ま、心配すんな。
俺がやさしぃく 
めんどうみてやらぁ」

10以上も歳がはなれているのに、
ちっとも大人という感じがせず、
減らず口をたたける相手だった。
しかし、 なにかと心づくしをしてくれる彼に、
兄は感謝していた。 

兄がそばにいるだけで安心している弟が 
いつも後を追ってくる。
きゃっきゃっという 高い笑い声がいたいけなく、
いとおしかった。
「コイツを守ってやらなきゃ」
その気持ちが彼のこころを強くしていった。

そして、それから3年。
両親がもどってくることはなく、
兄弟は 暗黙の了解のうちに
そのことを口にすることもなかった。
ただ ちいさな精一杯を果たし
過ごしてきたのだった。

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その日、兄が里へもっていくのは鹿のあぶり肉だった。

里の酔狂な金持ちにはとてもウケがいい品物で、
弟にいい土産を持って帰られそうだった。
「ダン坊、まってろよ。いいもの いっぱい持って帰るから」
「おいしいものっ!」


「おーいバージルいくぞ。 初!ダン坊の面倒たのむぜ」
初というのは四の字のいいなずけである。

四の字にせかされて バージルは身支度を整えた。

初めての里だった。
人々がいちように自分達を振り返る。

「なんだよ、へんなかっこのやつらだな・・・髪も眼も黒いんだな。へえ・・・」

気の強いバージルは 自分から人々を見返してやる。 
見返された人たちが、さっと目を伏せるのが、
なんだかいい気分だった。

彼らが小さな山の市を準備するのを、人々が遠巻きに眺めている。 

「さあ、舌もとろける あぶり肉はいかがですかぁ!!」

バージルがおおごえを出すと、一斉に人が散ってしまった。
「まてよ。おれらはそっとしてなきゃいけないんだ。
ちょっと見た感じもちがうだろ、里のひとをこわがらせちゃいけねえんだ。 
静かにしてたって、客がくることになってんだ、落ち着け。」

拍子抜けしたバージルだが、
ここはいつもとは違う真剣な顔つきの四の字にしたがった。

従者をひきつれた籠がやってきた。
「今日のものをみせてもらおう」
中から顔をだしたのはでっぷりとした大店の主人。
「おや、新顔か。」
そういって 老人はバージルの頭から足の先まで値踏みするように観察した。

バージルは背筋がぞっとするおもいだった。
「おまえも、いっしょにくるかね。おいしいものをたっぷりやろうじゃないか」

(おいしいもの?・・・・・ダン坊に)

期待と好奇心ですぐにでもついて行こうとしたとき、四の字がすっと前に出た
「だんな、こいつは13になったばかりで、今日が初仕事なんですよ。
これからごひいきに。
さ、おきにいりのものを選んでいただきましょう。
ちゃんと代わりの品物はいただきますよ」
そういって、さっさと仕事をすすめて、老人をせかした。
そして、「今日は店じまいだ」というがはやいか、
バージルの手をしっかり握り、ビックリするほどの速さで山に帰ったのだった。


目の前に並んだ里の土産に、小さな弟は目を丸くして喜んでいる。
バージルの頭に肩に抱きついてはしゃいでいる。
そんなことは おかまいなしに、
バージルは四の字に愚痴をきいた。
「あの親父についていけば、もっといろいろもらえたのに。なんでとめたの?」
「がきだな、
おまえなんか 可愛い顔してっから 親父にたべられちまうぜ。
ついていっちゃいけねえんだっ!」
「えー 里の人って人間を食べるの?」

真顔で聞く子につい、笑みがこぼれる。

「・・・そーだ。食べちまうんだ。ついていっちゃいけねえぜ。絶対にな」


実りの秋の一日だった



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