「蒼い月」バージル篇

§2 悪魔の手 音楽を流します


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冬には冬の山の商売があった。

里では毛皮を欲しがっている。
山では冬の食料の備えが必要だ。 

バージルの3度目の里行きの日だ。
「にいちゃん、おなかすいたっ。
またサトからお土産もって帰る?」
「うん、いっぱいな。 いい子してまってんだぞ」

その日、
四の字はつれの初代の具合が悪く、
看病にあたっていた。 
里での仕事は班に分かれており、
顧客も担当が決まっていたので、
結局バージルひとりで降りることになった。

「すまねえな、
いいか はじめにいったように、
里の人間についていくんじゃねえ、こころしとけよ」
「わかってるって」

いつもの倍の荷をかつぎ、すっかり大人と同じ気分だ。

(いい仕事してやるぜ、ひとりでできるさ。)
仕事の手順は単純だ。品物を並べて待っていればいい。
交渉さえうまくいけばいいんだ。
いつもの2倍も3倍もいいものを取ってやるさ。・・・・。

例の老人がやってきた。

「おや、きょうは四さんはいないのかね」
「ああ、でも なめてもらっちゃ困るぜ、
冬の食い物の準備もしなきゃいけないんだ、
おれ、責任重大だからね!
がっつり 商売させてもらうよ」
「ほっほっほっ・・・そうだな、
こちらもいい毛皮が欲しかったところだ。
いつもの3倍、
いや5倍の交換をしようじゃないか。
条件といっちゃなんだが、
どうだね、
その品物をいっしょにうちまで運んでくれないか。
うちでご馳走もしよう」

(ごちそう? ダン坊にもっといいおみやげができるかな)

そのとき バージルの頭に浮かんだのは弟の笑顔だけで、
四の字の言葉も顔も忘れていた。

目の前に見たこともないご馳走が並んでいる。
川の魚しか見たことのないバージルには
鯛がまるでつくりもののように見えた。

「酒はのめるかね?」
飲んだことなかった。
(まだだめ、って・・・あ、四の字・・)・

そのときはじめて、兄貴分の言葉を思い出したのだった。

少し不安になった。
しかし、ひとりで大きな仕事ができるかもしれないのだ。
バージルはせいいっぱいつっぱっていた。
「飲めるさ」
大振りの杯をぐっとあけると、
じきにバージルは倒れてしまった。


「きれいな子だ・・」

耳元で聞こえる声に目が覚めた。
覚めたが、
天井がぐるぐるまわっているようだ。
気持ちが悪かった。
その気持ちの悪さは 酒のせいではなく、
体中をなでまわしてくる手のせいだ。

「なにするのっ」

起き上がろうとしたとき、
右の手のひらに激痛がはしった。
手のひらには小刀がつきたてられていた。
「お前たちの種族が 
傷つけても傷つけても 
すぐにその傷をふさいでしまうのは知っているんだよ。

この化け物ども・・・。
へびやとかげとおなじなのかねぇ・・
下等なものよ、
ヒトのいうことは、聞くものだよ・・・ククククク」

痛みと老人の重みで動きが取れない。

下等なもの、化け物・・・

悔しさと情けなさで 涙が出てきた。
涙は老人の動作を荒くした。



やがてバージルはいままでにない痛みを感じて絶叫した





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