「蒼い月」バージル篇

§3 屈辱の涙 音楽を流します

(画:Kasis)

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帰らなきゃ、早く。
ダン坊がまってる。

大八車は食料や絹でいっぱいだ。

「またおいで・・・」

老人のことばが思い返されるたびに、激しくかぶりをふってみるが、
ふりほどくことができない。

手のひらの傷がふさがっている。

・・・化け物?

そういわれているのか、僕たちは。

人間を守っているのではないのか?

いつもは飛ぶように駆け抜ける山への道。
その日は明るい月がでていたが、
彼の足取りはなまりのように重たかった。

うちの戸口の前で、
彼はしばらく
「笑顔」の練習をしていた。
頬がひきつるようなかんじだった。
そのとき、うちから扉がひらいてしまった。

「にいちゃん!おかえりっ」

泣いていたのか、
鼻水と涙でぐちゃぐちゃな顔をしているが、
これ以上ないほどの笑顔がそこにあった。
バージルも自然と笑顔を返した。
「ごめんよ、遅くなって」

うちでは四が心配そうにまっていた。

「あ、お・・・遅くなってゴメンよ。
いい仕事ができたんだ、
見てよ。
みんな冬の間じゅう困んないぜっ、
どんなもんだい。
ダン坊、おみやげのお餅だよ。」
「お餅、お餅!」

「だいじょうぶだったのか、なにかあったのか?」
「いや、なにもないさ。
じじぃが新しい客をつれてきたんで、
その挨拶がさ・・
いそがしかったんだ。

あ〜あ、疲れた。
もうちょっと 荷物の整理してくるわ。 
ダン坊、うまいか?」
「うんっ」
顔中でわらっている弟がかわいい。


バージルは月明かりのなか、
いつも弟と水遊びをする
小さな滝つぼにいた。

冬のはじめ。冷たい青い月。
彼は服を脱ぐと、静かに水に入っていった。
冷たさを感じなかった。
腰までつかって、両腕で自分の肩を抱くと、
ぽろぽろなみだがでてきた。



すっと後ろから大きな腕が回ってきた。
心配してついてきた四がだまって彼を抱いた。
彼は四の胸の中で静かに泣いた。



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