境界線 <Chapter One>
¶第一章 真実の在処
  (BGM ON)

*三人目の生贄***

独立派の教会の前は罵声に満ちていた罵声は
十字架にかけられた傷だらけの男に向けられていた。

「ダニエル・・・」

観衆は処刑人を煽り
処刑人は狂気の目を剥いてダニエルの体を切り裂いていく。

内臓をつかみあげ観衆に示すとどっと湧いた。
「こ・・こいつ 死なないぜ!」
「魔物だ! 悪魔だ!」
「正体を現せ」
「魔物には 苦しみを与えろ」

ダニエルはゆっくり顔をあげ、観衆の後ろに ダンテをみつけた。

ダンテは 見た。
ダニエルの 乞うような眼を。

「救え」

ダンテに声が聞えた。
ダンテは背中から銃をとりだし構えた。
ダニエルは ふっと 微笑んで見せた。

ダンテの魔弾はダニエルの心臓を貫いた。






「エミール、ちょっとまっててくれ」

ダンテはエミールをその場に置くと、ダニエルを迎えに歩み始めた。
右左に群衆が分かれ、ダンテに道ができる
ダニエルは十字架から解放され全てをダンテにあずけてきた。

「またせたな、ダニエル、行こう」

ダニエルの二度と開かない眼には涙がうかんでいた。

「お前は 泣くことができるんだな。
俺にも 分けてよ」

「犬の死骸は犬どうしでしまつしてくれるんだな!」
ひとりが囃したてたのをきっかけに、ダンテに向かって罵声が 浴びせられる。
一緒に出かけたはずのエミールの事を
だれひとりとして気にかけるものは いないようだった。

ダンテは黙ってダニエルとエミールの亡骸を街からはずれた丘に運んだ。
地面から立ちあがったようなカルサイトの白い岩が、葬送の修道者のようにみえた。
「君たちを 連れて行きたいから・・・」
ダンテは 二人を火葬した。
そして 骨の欠片を 2つとり ポケットに入れた。

***

集会場はながれてきた テレビニュースに湧いていた。

独立派支持を打ち出していた 北方の大国が
「侵略者である」 連合国に対抗し
派兵を開始したというのだ。
理想の共同体の成立こそ 平和に導くものである。
各民族は尊重されるべきで、
何者にも支配されてはいけない・・と 
大義名分は掲げられた。

***

ダンテの耳には聞えていた。
北の空から爆音が近づいてくる。
南東の海の方向からもやってくる。

「こうして ニシュは我々の手に堕ちる」
高笑いとともに
いつかの魔人がダンテのまえに現れた。
「きさま・・・
きさまが 彼らを煽っていたのか」
「あれらが 我々を呼んだのだよ。
我々に道を開いてくれたのだよ。
魔界と人間界を結ぶ道を・・
あれらはすでに 人間の顔を捨てておる」
「人間は人間に 魔は魔にもどれ」
「その境界線は すでに失われた。
隔たりのない世界・・・理想ではないかね

そして・・・」

魔人は いきなり
ダンテの足元に跪(ひざまず)き
ひしと しがみついてきた

「な・・なにをする!」

「おお・・・ 王よ
闇の王よ。
目覚められよ。

いま 3つの生贄を受けられた。


真の姿、力を顕したまえ。
その踵で 我を踏みにじり
痛みの悦楽を与えたまえ・・・
そして此度こそ 我らの繁栄のために その力、振るわれませ」

魔人は恍惚の表情でダンテを見上げた。

ぞっとした。
魔人の狂気にではない。

争いの犠牲だとおもっていた親しんだ3つの命は
自分のために 捧げられたと・・・






「うそだ・・」
「彼らは あなた様のなかで 永遠の魂を得たことを悦びとするでしょう。
どうか受け入れ召されよ。」
「いやだ・・・いやだ!」
その言葉と同時にダンテは 思わぬ力で足元の魔人を蹴り飛ばした。
もんどりうって 打ち付けられた魔人は
にたりと いやらしい笑いを口端にうかべ
ダンテを見、そして サーチライトが立ち上がる ニシュの町を指した。

「あれに見える光は
憎悪と不安。
やがて 炎に包まれる。
光と闇が その境界を 失い、溶け合い、ひとつになる・・
美しい 曖昧の世界・・・」

その調子は まるで謳うようだった。
いつか 聴いた節回し・・・・
ロマの歌だ。

でも そういう意味だったのか・・・?

ちがう・・
曖昧が美しいんじゃない、
あらゆるものを超越した絆と愛の美しさを謳い上げていたのだ
そしてそれには続きがある。
ダンテは今、確信する。
アマヤやレイハンにもわからなかった魔の言葉による最後の一節がある。
それを自分には理解できると。

「おまえと
おまえの同胞をこの剣は護ろう」





かつて 二千年の過去に現れた 魔は
光と闇の境界に立ち、鮮やかに分かつ決意をした。

それは 人への愛ゆえに。
人にある 光の真実
しかし 人には深い闇の本質があるのもまた 真実

3つの命は それをダンテに知らしめた。

ソフィーは明日の命を 産み落としたかった
エミールは明日への希望を かなえたかった
ダニエルは明日につづく 暖かさを はぐくみたかった・・・

その明日を 無に帰したのは
俺に真実の在処を知らしめるためだったのか・・・?

底知れぬ暗い感情は 激しい渦のとなって湧き上がり、満ちてくる。

「人は人として 明日を築け!」

ダンテは 猛然と 町に向って駆け出した。

一発の爆音をきっかけに
ニシュは炎につつまれた。

***


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