着信音はやさしく



***

人気のないバーのカウンターの端で
四は携帯を眺めている。

しばらく前に バージルからのメールを受け取った。
四はバーの表にclosedの札をかけた。
返信しようと思案するが
どう 返せばいいのか 思いつかない。

思いつかないまま 白い画面に向き合っていたが
スリープモードにはいってしまった。

音楽をかけてみる。
JDサウザーの古いLP版だ。
CDでもいいが、 がさがさした音も 捨てたものじゃぁない。
切なげで、美しいメロディが流れてくる。
自分のための一杯をグラスに作り
もういちど 携帯を起動させる。
メール作成画面を開くつもりなのに、 タッチパネルがうまく操作できずに
受信メールが開いた。

―― 四兄ぃへ
幻の禁書のひとつがあるかもしれないって。
先生が 俺にはぜひ見て欲しいとかいってさ、
だから 2、3日かな、東海岸いってくるよ。
ちょっと俺興奮してる。
四兄ぃも興味あるだろ?俺達の秘密が分かるかも知んないんだぜ。
whew! もうドキドキだよ!

「いつ! どこへ!・・おまえ・・もういっぺん 手紙の書きかたから学べ、この野郎」
悪態をつきながら メールを打つ。
なんとも いまいましい 作業・・・

―― そりゃ、すげえや!
俺にはどうもぴんと来ないが、 帰ったら いろいろ・・

「いろいろ・・・教えて・・・
いや、ちがうんだなあ、俺の言いたいのは。
だいたいだな、 メールですまそうと思うほうがまちがってんだ。
俺がこんなに・・
こんなに・・?なんだ・・心配してるのか。
ああ、もぉ、電話かけてこいっつうの!
声なら伝わるものがあるだろうに」

打ちかけたメールを削除し
ため息ひとつついたところで鳴った着信音に あわてた。
電話の先の相手を確かめて 四は応えた。

「もしもーし、ハニー?」
―― 「だれが ハニーだ。なんだ、へこんでんの」





「あら、どうして。俺はいつだってごきげんだぜ」
―― 「うそつけ。その おかしな ハイテンション、なんかあっただろ」
「ねえよ。 なに、弐伊君からのデートの誘いなら いつでもオッケー」
―― 「そりゃ うれしいね。今晩7時くらいにうちの事務所こられるか。
バージルのお祝いパーティの計画を立てたいそうだ、ダンテが」
「ああ、バッジ獲得のか。
いつやるって 言ってた?」
―― 「そのへんも今日プランをたてるんだろ?」
「なんかよくわかんねえけど、あいつ 東海岸行くって言ってるぜ。
例の司書に連れられて 幻の禁書を探しにいくとさ」
―― 「またか・・・ああ、おまえのへこんでいる原因はそれだな」
「だから へこんでねえって」
―― 「恋人の心変わりでも 心配するか」
「バカ言え。
アイツが先生と呼ぶ司書に一度会ったが
ひょろっとして顔色の悪い不気味なハゲだ。
いくらバージルちゃんが好奇心旺盛でも 心変わりはないぜ。
まあ どこかの美人に恋でもするなら 俺はひきとめないぜ」
―― 「ほぉ、どうだかな。 でも気がかりなんだろ?
・・最近のアイツの入れ込みようが」
「そう・・・だな。 まっすぐだからな、アイツ。
奈落へ続く崖っぷちへ 一直線に走っているような・・・」
―― 「とにかく 来いよ。話、聞いてやるぜ」
「いや・・今晩は勘弁してくれ。
今ここで話せたからいい。
どっちにしても パーティはアイツの旅行の日程を聞いてからだろう。
俺はいつでもいいし、どんな一発芸でもやってみせますぜ」
―― 「あんまり無理するな。 
バージルのことは気になる。
なにか起こる前に俺達みんなでアイツを守ってやるんだ。
いいな、ひとりで抱えるなよ」
「サンキュッ、そうするよ」

LPレコードは回り続けている

you can call my name
when you're only lonely・・・

「おまえは 俺の名を呼んでくれるのか・・
それとも 俺が呼ぶのか・・
ふんっ、ああ、やだやだ。
おまえには心配ご無用ってところだろうな」

もう一度 メール画面を開き
こんどは つまづくことなく 要件を打ち込む。

―― メールじゃわからん。
たまには 顔をみせろ。 いつでもいい・・
忙しいなら 電話をよこせ。―― 

送信を完了し、グラスに残っていたバーボンを空けた。

携帯が鳴る。金属的な音は仕事の話だ。
いつもは鬱陶しいその音が、
今日ばかりは訳のわからない不安から逃してくれるように
四には感じられたのだった。





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