着信音はやさしく



***

積み重ねた本の陰の携帯が振るえて 四からのメールが届いたことを知らせる。





「なに 心配してんの・・」

何かあると いつも大きな手で 自分の頭をクシャっとなでてくる。
それを思って バージルは微笑んだ。
四が心配してくれているのがわかる。
うれしい・・・というより、 満足だった。
自分が帰りたくなれば いつでもその場は用意されている。
探し求める必要はない。
自分の思うままで いられるのだ・・・

「バージル、まだいるの?」
「ああ、もうすこし」
「一度付き合ってよ、素敵なアジアンフードのお店があるの」
「またな」
「ほら、いつもつれないわね、 じゃぁね、チャオ」

図書室からひとり、ふたりと学生が帰っていく。
バージルが携帯で時間を確かめようとした時
それが着信を伝えて 振動を繰り返した。
バージルは早足に図書室を出た。

「ダンテ?」
「うん、あのさ、ちょっと聞いたんだけど 東海岸行くって?」
「ああ、四に聞いたの」
「いいや、弐伊。弐伊がね、ションボリしてる四から聞いたって!」
「なにそれ、ションボリって」
「いつ行くのさ」
「今週末かな」
「えー、パーティするのにぃ」
「パーティ?」
「あ、言っちゃった。 忘れて」
「いや、無理だし。なに、パーティって」
「ああっと、バッジ獲得祝賀パーティ?」
「あ、 俺のため」
「そうだよっ、もう みんなアニキのためだからねっ」
「ごめん、ありがとう。けど、日ずらせるだろ?」
「しょうがないなぁほんとにぃ・・・けど、アレだぜ、四兄ぃにあんまし心配かけさすなよ。
いつか、ふられるぞ」
「バーカ言え、俺達の絆はそんなたやすく壊れるもんじゃありませぇん」
「そう思ってんのはアニキだけじゃん。だいたい 最近自分のことしか考えてないだろ」
「そうじゃなくて、俺信じてるもん、四兄ぃのこと。
第一今俺のやってることって 俺達みんなに関係することだぜ。
俺達魔族のなりたちみたいなもんが わかるかもしれないんだぜ」
「それがなんだよ」
「俺達は本来は神みたいなもんだ。ニンゲンはもっと俺達に敬意をはらっていいはずだ」
「何いってんの?世界の王様にでもなりたいの?」
「弱い人間になめられちゃダメなんだよ。
本来の力をとりもどさなきゃ」
「わかんねぇ・・」
「先生が 教えてくれたんだ、俺達はニンゲンと仲良ししてのほほんとしているべきじゃないって」
「それだ、その先生がへんだ」
「変、ってなんだ!取り消せ」
「四兄ぃの心配してんのはそれだ。アニキの目をくらましてる」
「くらましてる?俺の目のどこがくらんでるってんだ」
「くらみまくってんじゃん! いいから 四兄ぃのとこ 行けッ。
ちったぁ自分のこころを取り戻すがいいさ」
「なんだよ、それじゃ まるで俺が心を失ってるって言ってるみたいだな!」
「そうだよ、失ってんだよ。
四兄ぃだけだよ、アニキをアニキでいさせてくれるのは・・・だから行けよ。
行って、確かめて来いよ、本当のこころってやつをさ」
「おまえのいってることが わからない・・」
「俺もアニキがわかんねぇ・・・けどな、俺、思うけど
忘れちゃいけないもんって あるんじゃないかな・・・抽象的だけど・・
今のアニキは目隠しして走らされているみたいだ。
その先にあるのは、なんか すごく危ないものに感じるんだよ。
もしさ、アニキになんか起こったら・・・いや起こる前に どんな邪もやっつけちまおうって
思ってる。
俺も、弐伊も それから 誰よりも四兄ぃがね」
「・・・なにも起こらねぇよ・・俺は・・俺は知りたいだけだ。俺達自身のことを」

バージルはそのまま静かに電話を切った。

喧嘩になってしまった。
ダンテがなにか心配してくれているのはわかった。
けれども それは喜びでも感謝でもなく、また ”満足”でもなかった。
哀しい・・・という感情に近かった。

「四兄ぃもそうなの・・?」

自分はひとりぼっちなのだろうか・・はじめて そう思った。
自分達の存在の意味を知ろうとするのは まちがったことではないと
それは 信じている。
けれども その道程は あやふやで 迷路のようだ。
”先生”が道しるべだと、そう思っていた。

自分が本当に持つべき明かりは・・・

バージルは自分の席に戻り、ざっと荷物をまとめた。





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