卒業
§5
壁の地図と机のレポート  (♪音々亭 悲しい告白) 

*****





今日は二枚増えた・・・壁の地図。
すすんでるみたいだな、旅の準備・・・

荷物もすげぇな。
単車なんかに積めるのかよ。

だいたい 危ないんじゃねぇの?
この国の道と違って山岳地帯もあるんだろ?
紛争地帯もあるじゃないか・・・
どうしてそう わざわざ心配させるようなことするかな。

ああ、もぉ! いい!
俺、レポートしあげなきゃ。
あの教授につきたいしな。
なんてったっけ・・・メルビン教授だ。
民族史の第一人者だし。
ハンガリーの出身なんだよな・・・・

あいつ、ハンガリーは通るのか?
出発点はテュルキスタだろ?
マダム・ハピにちゃんと挨拶しておこう。
あいつ 子供だから、失礼なことしなきゃいいけど。
・・・
・・・
こどものままでもかまわないのに・・

・・・
くそっ
わかってる
・・・
寂しいのか俺?



・・・あいつが出かけるとき

あれを渡そう。
じゃまには ならないさ。

そう・・道を見誤らないように・・・

***

おもむろに立ち上がると
彼は机の奥から
鍵のついた小箱を取り出した。

入っていたのは形のいびつな 二色のコマだった



コマはまだ自分たちが歳の離れた兄弟として在ったときに
小さなダンテが兄を助けようとこしらえたものだった。

年端もいかないふたりが 何の後ろ盾もなく取り残された時
生きる手段として 兄がとったのは
自分を売ることだった。
それも 打ち倒すべき敵の本体に・・・

彼が13、ダンテが6つの時だ。
ふたりは 悪意によって 時間差をもって 生まれた。

兄がとても困っていると幼いながらも感じていた弟。
「これを売ったら つらい目にあわなくてすむよね」
そういって さしだしたのが その 2色のコマだった。

その時はじめて彼はきづいた。
あまりにも 安易な手段をとってしまったことを。
そして 何もわからないだろうと思っていた幼い弟が
兄のつらさをすべて 受け止めていたということを。

冥王の事件以前の記憶は
時間も空間も超えたもので曖昧なところがあったが
そのコマは
あのころの
つらかったけれども
手を取り合って生きていた その証を立ててくれていた。

過去を振り返ったり
過去に自分を捜し求めるのは
意にそぐわない。

でも 積み重ねた時のひとつひとつが
今をつくり上げている。
どのひとつが欠けても
今の自分達は ありえないのだ。

***

今このときも積み重なっていく。

机の上のレポートのように。
壁の地図のように。

もうすぐ レポートは一つにまとめられ
左肩をホッチキスで留める。
ダンテも 壁の資料やばらばらの地図をまとめ
一枚のルートマップに収めるだろう。

これは俺達の卒業試験。
次のステップのために。


(画:ナターシャ)


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