続・メッツァにかかる月
***
「情けない話だが 俺は拾われたんだ。まるで 犬だ。
用心棒まがいのことをして得た金は みんな女と酒に消えた。
よほど哀れにみえたんだろうな、 軒下でひっくり返っている俺に声をかけたのが
エマだ。
いまどき 女のもらえる仕事なんて 下働きか子守か針子か・・・あるいは 娼婦か。
エマは絵を描いて身を立てるのを夢見ている。
けれど 女の画家に仕事の依頼なんてするやつはいない。
あれの描いたものをみれば おかしな偏見はふっとんでいいはずなんだが
人間たちの先入観や慣習というのは おそろしく 手ごわい。
それでもエマはあきらめないんだ。
いつだったか お針子の少女の肖像を描いて 画商にもちこんだことがある。
窓あかりだけの部屋で ドレスを膝にかかえ 丹念に針をさしている少女だ。
ドレスはたっぷりと布地をとった豪勢なものだ。それに比べて少女のなりは つつましい。
帰ってきたとき、絵はナイフで裂かれ エマの顔は腫れ上がってたよ。
ばかだよ・・・自分が傷ついてまで しがみつくようなものかって 俺は言ったんだけど
いつか 町はずれの教会が修復されるとき、そこに天使を描く手伝いをしたいと
そこで また 微笑むんだ。
俺は 絵の裏から当て紙をして形を整えてやった。
いい 絵だと 思ってたから。
あいつ、それを宝ものだって 言った。
そのときに ああ、こいつのこと 好きかもしれないって思ったな。
エマは 認めてくれる老画家と出会い、工房の一員に迎えられた。
ようやく幸運がめぐってきたかと ふたりで喜んだんだが
兄弟子たちのやっかみなのか、筆にふれることさえできないこともあるらしい。
絵の具のにおいのするところにいられさえいればいいのだと 笑って見せるんだが
ひとりぽつんといれば 溜息をついている。
街で 画家が給料をはらわなくていい 小間使いが欲しかっただけだと陰口をたたかれるのを
俺は小耳にはさんだ。
やるせなかったね。
俺は俺で小さな紛争を抑えて回る仕事がある。
それは 結局おまえから回されてたってのは 笑えるな。
けど、命を切り売りするような やくざな仕事。
機械人形のようにこなすだけで なんも 残りゃしない。
ふたりとも 疲れていた。
それでも あの部屋に戻れば 穏やかな時間を過ごせる。
それまでの俺には信じられないことだ。
そう 思っていた。
そんな中、 ある日 エマは言ったんだ。
傷をなめあい、慰めあう関係ではなく
よろこびを分かち合える 家族になりたいって。
俺、エマが何を言っているのか 理解できなかった。
ささいなハッピーを拾っては、いつもより少し特別な料理を用意し 乾杯もした。
セックスだって ただ快楽を求めているんじゃなくて 愛し合ってる自然の形だ。
なにが足らない・・・
エマは 言ったよ、俺がどこかしら ココロの隅で ずっと遠くを眺めてるって。
それが いつまでも 俺をとらえて離さず
なげやりな生き方をさせていると。
いつも 崖っぷちを目隠しして歩いているような俺を見ていたくない。
自分も 叶わぬ夢よりも いまここにある ささやかなぬくもりを大切にしたい。
もしも俺の心のすべてをこの部屋に エマにおいていられる手段が
こどもなら
欲しいと。
そう言ったんだ」
「愛してたんだな、おまえを。
疎ましいなんて 思ったとしたら おれはおまえを許したくない気分だぜ」
「疎ましい、というより なんだか 腹が立った。
エマにも 自分にも。
なにもかも マイナスな要素と理由ばかりだ。
で、言ったよ。
こどもは おとなの心の穴を埋める手当じゃない。
それに子供ができたら 半魔になっちまう。
人間でもなく 魔族でもなく どちらからも受け入れられない子が 幸せなものかってさ」
「おまえ・・その言葉をぺぺに言えるのか!?
人間であり、魔族であるんだ。プラスには考えなかったのか」
「・・おまえの言うとおりだ・・・だけど俺は自分が幸せに生きてきたと思うことができない。
エマとの生活は 闘いの日々の合間にあるに過ぎない。
俺が愛したのは 夢にひたむきな姿だ。
その姿は 俺のあこがれだった。
それが簡単につまらない女の顔をしだした。
それからは ちいさなことで言い争ってしまう日々さ。
互いに捨てきれない思いを抱えて叶わず、そのもどかしさをぶつける。
互いに求めるばかりで 与えようとしない・・。

昨日、簡単だと 舐めていた敵に 不覚を取ってしまった。
部屋にもどって 自分で手当てしてたんだが、
ははっ、 花瓶がとんできたよ。
自分でなにもかも クリアにできるなら わたしなんかいらないでしょ、って
あいつ、泣いた。
互いの傷を舐めあうどころか 傷をあきらかにして えぐるばかりだった。
限界だなって・・・ 俺は部屋を出た」
「どんな理由をつけようが、 どんなに 言葉を飾ろうが
おまえは 自分のペースを乱したくないだけさ。
他人に干渉されたくないだけ、わがままなだけだ」
「くそ・・・何とでも言え」
「それとも・・おまえのココロをとらえたもの・・・
おまえが見つめる先には ヴァルハラがあるんじゃないのか」
「ありえないよ」
「ありえないと 思いたいだけだろ。
ヴァルハラ殿があぶない」
「え?」
前のページ
次のページ
続・メッツァにかかる月TOP
小説館トップ
総合トップ