続・メッツァにかかる月

§4 ニコ



「いまは表立った動きはないが、 足許から揺らいでいる。
オーディーンはヴァルハラを追われる」
「それはスラブが手をひいているんじゃないか?」

ニコがしばらく口ごもり、それがニィには答えたくない様子に見えた。

「・・・神たちの諍いは魔族にも 人間たちにもいい影響はない」
「他の大神・大魔は 対処しないのか」
「彼らがうごけば 三界は滅ぶ。互いにつぶしあう。
企みをかわすしかない。そして なにもなかったように 収めることだ。
おそらくオーディーンがヴァルハラを去るのは避けられないだろう。
しかし その後だ。
オーディーン殿に必要なのは 神々の力ではなく、 おまえの 支えだ。
おまえも そう。 最強のパートナーだ
そこに愛が介在することは
プラスにこそなれ なんの差し障りにもなろうはずがない。
愛ってのは けっして 負の要素にはならないもんだ」
「あ・・・愛!?
そ・・そうじゃなくてだな、こう、なんていうの? 友情?――」
「友情・・」
「お・・男だぞ! おっさんだぞ!」
「あきらめろ。ばれてる」
「ばれて・・なんでっ!誰かなにか言ってるのか!根も葉もな・・」
「おまえの顔に書いてある。
神、大好きだぁって。 認めろ。 
―― 話が途中だ」

「わぁったよ、ちくしょう・・・・そうか。
ニコ、ほんとに俺に神を救うことができると思うか?」
「ああ、できるさ。だれよりも ヴァルハラ殿を慕う。おまえのココロに正面から向かえ」
「・・・・ ニコ、俺、ここを片付けたら ヴァルハラに帰ってみるよ。
神の命に係わると聞いて そのままにはしていられない・・・

ありがとう、ニコ」





ニィは握手を求めて右手を差し出した。
ニコはじっとその手を眺めたが 自分からは手を差し出そうとはしなかった。

拍子抜けしたニィが口をとがらせて パンツで 手をぬぐいながらすねたように言った。
「き・・きたなかねぇよ」
「ちが・・ふんっ、さっきまで てめぇの玉にぎってたやつなんかと握手できるか」
「・・そりゃそうだ。ははっ」
仮面の奥の目もわらった。

「おまえ 初めて笑ったな」
「おまえが笑わせるんだ」


「なぁ、ニコ。 今俺がイメージしているおまえの声は すきとおった若い声だ」
「そうか・・知ってる奴?」
「ああ。俺の大好きな奴。そいつと暮らした日々は 俺の宝だ」
「きっと そいつにとっても それは大切な かけがえのない日々だろうぜ・・
じゃあな、俺は還る」
「還るって・・・・スラブへか」
「・・・そうだ」
「おまえ、・・・それを望むのか!」
ニィは寝台から跳ねおりてニコの左肩をつかんだ。
華奢な肩は 厚手の布を通してでさえ ぎょっとするほど冷たく
ニィは 一度 手を引き、そして もう一度ゆっくり手のひらをあてた。

「離せ・・」
「ほんとに離してほしいなら 体をゆするなりなんなりすればいい」

ニィはニコを向きなおさせると左手を彼の右肩にあてがった。
仮面の下の目が閉じて まつげが震えた。

マントに覆われた右肩の下にあるべき腕は失われていた。

ニィがニコの仮面に触れようとしたとき
ニコは必死でニィを押し返しそれを拒んだ。
「やめろ!・・もう わかったんだろ?
もし 仮面をはずしたら、いっきに・・」
「いっきに・・・なに」

ニィはゆっくりと 彼の仮面を取った。





「・・いっきに 時間が さかのぼる・・」
「俺たちのスイートモーメントだったよな、…ルネ」






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