続メッツァにかかる月

§6 ロキ

ニィが去った後のヴァルハラ。





オーディーンは相変わらず おだやかに 北の人々の生活を見守っていた。
ただ いつもなら 人々の願いが届けば 率先して自らが降りて行ったものを
各地に散らばる一族を遣わし、 分担するようになった。
自分はヴァルハラの宮殿の奥にいて静かに 歴史の編纂などをするのだった。
妻のフレッガは それがオーディーンの遺言のようで
心のうちにざわつくものがあったが、表面的にはいつもの高貴な振る舞いを崩さず、
夫に接していた。
冬の極光の下、テラスにひとり 肘をかけているオーディーンのもとに
フレッガはだまって寄り添った。

「のぉ、フレッガ。
あのオーロラの不思議を ニンゲンは神の業とおもっておるだろうが
ほんとうは わしらにも手の届かぬ 遥か想像をこえたものなんだよね」
「ニンゲンには拠り所が必要です。
自分たちの智恵の及ばぬものを神族の業と信じ、拠り所とする。
わたくしたちも その信に応えるべく もてる力を働かせるのです。
それで よろしいのでは?
あなた、わたくしたちは なぜ こうして一緒にいるのでしょうか」
「君は 北の女神の主神。男神と女神がともにあって 世のバランスをとることができる」
「おなじことが 神族と魔族の共存にもいえましょうね」
「・・・君のいいたいことは わかるよ」
「神であっても 拠り所は必要ですわ。
その弱さがあるから 人々を思いやることもできるのです。
あの魔族の者は オーロラのように手の届かぬものではございませんでしょ」
「いまのわしには オーロラをこの掌に掬うよりも かなわぬことよ。
わしは 北の主神。 
君や ほかの神々が、わしを信じ、ともにこの地を安寧に保とうとしてくれる限り、
その象徴的存在として 自分を保たねばならん。いや、保っていられる。
そうでありたいと 思っている。
冷たい氷に覆われながら 必ずまた芽を吹く大地が
そして そこにいるすべての人々が
わしは 愛おしいのだ」
「あらあら、なんてセンチメンタルな大神さまだこと。
また漫遊と称して ぷいっとお出かけなさいましな。
あなたがおられずとも わたくしたちは平気です。
あなたの自由でいきいきした心が この地に反映されるのです。
あまりおとなしくさなさいますと みなに活気がなくなってしまいますわ」
フレッガは こどもを叱るような、ほんとに困ったものだという表情をしてみせた。
オーディーンは黙って笑って ふたたび夜空をみあげるのだった。

***

冬がすぎ春が訪れても
北の大地に太陽がのぼらなかった。
いや、確かに昇っているはずだったが、 南の海よりながれてくる黒雲が空を覆い
北は薄闇に包まれていた。
大地は急速に冷えていく。
凍らぬはずのフィヨルドは厚い氷に埋まる。
航海術に長けたヴァイキングはその猛々しい情熱を吐き出す先を失い、氷原をつたって
ケルト、ゴールの地に南下し、蛮族と呼ばれるようになってしまった。
鋤鍬のたたぬ凍った土に芽吹くものはなく、飢えは蔓延し 病が追い打ちをかけた。

各地を回ってきたロキは巨人族の鍛冶屋との賭けで勝って打たせた槍を献上した。
「硬いジルコンの切っ先をもつ槍はこの者しか打てぬものでした。
オーディーンにより この槍は神槍として 息づきましょう。
ニブルヘルムのみならずアースガルドまで覆う雲を 
この槍・ロンギヌスにて うちはらわれますことを 進言いたします」
「ありがたい。 ロキ、世話をかける。各地の状況 また知らせてくれ。
わしは しばらく ここを動けぬ」

しかし、槍には ロキの嫉妬と悪意の好奇心が含まれていた。
いつもなら 槍の一振りで太陽を呼び戻すオーディーンだが、
はらってもはらっても 雲はまた 集まった。
ロキは女や小人に変身しては 各地のオーディーン直下の息子たちをそそのかし
互いに諍いをおこさせた。
それは巧妙で、最後に兄弟神同士で殺し合いを始めてしまった。

ロキは いかにもほうほうの体でオーディーンのもとに再び現れた。
「わたくしが調べましたところ、 この気象の異常、
ジブラルタル上空の浮遊島に住むの魔女ブルーニャの復讐」
「復讐?」
「自分を幽閉したエウロペの神々と人間を混乱させるのが目的。
しかし 彼女はもとは海の神。暖かな海流を 北まで送っていたのです。
水の流れの不穏は水の神に協力を頼むのが一番かと思われます」
「水の神・・・」
「スラブの竜神はいかがですか」

ロキの目的はここにあった。
ロキはもともとオーディーンとは同レベルの神族でありながら
彼の参謀としての地位に甘んじていた。
ロキにしてみれば オーディーンのつかいっ走りに貶められていたのだ。
ロキは オーディーンとは不仲であるスラブの竜神に近づいた.
折しも 先のサンクチュアリでは 居並ぶ 大神・大魔の眼前で
ふたりの対立は決定的と見られていた.
ロキは自らによる北の掌握について スラブの後ろ盾を獲得した

***





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