続メッツァにかかる月

§9 ウルグの森
森の霧は晴れる気配を見せなかった。
慣れ親しんだアースガルドの森は
いつもなら木漏れ日がさし、木々は馨ってオーディーンを迎えたはずだ。
「大地にさえ見放されたか」

普段なら人間界にでも降りて好奇心を満足させるくらいの行動力をもつ彼だったが
あまりにもあっけないフレッガの死は 彼の気力を失わせていた。

しかし 敵意あるものの気配を感じられないほど鈍ってはいない。
その日 森の空気は震えた。

「追手か・・」
オーディーンはつぶやいた。
ここにきてまで いくらポジティブなオーディーンでも、
竜神やロキの企みに 気づかないわけがなかった。
だからといって むやみに諍いを大きくすれば、 神界全体に混乱を起こす。
それは 魔界・人間界にも及ぶはずだ。
自分がヴァルハラに戻ろうとは思わない。
しかし 策略家たちの手に愛するアースガルドを任せるわけにはいかない。
いま 自分は生き抜いておだやかなアースガルドへの道筋を作らなければならない。
そこに考えが及んだ時、オーディーンはもういちど自分を奮い立たせるのだった。
するとあたりの霧は少しずつ晴れてくるようにも見える。
「あなたの自由なココロがこの地に反映する」といった妻の言葉が思い返された。
「この霧はわしが呼んだものだったのかもしれぬな・・」

休息をとっていた木こり小屋を出て オーディーンは長剣を抜いて構えた。
上から静かに降り立つ 黒い騎士たちが6人。
中のひとりが声をかけた。
「大神オーディーンにあらせられますな」
「そうだ」
「大魔・大神の指示によりあなたをサンクチュアリに連行いたします。
おとなしく ご同行を」
「残念だが いまわしは戻るわけにはいかぬ」
「ならばこの場にて切り捨てるようにとの命令です。お覚悟を!」

相手は悪魔のような小物ではない。
魔族の剣士たちだ。
彼らはオーディーンの強さを知っており、サンクチュアリの正義を信じている。
本気の6人に対し
彼らを死なせたくないとおもう オーディーン、 苦戦は当然だった。

「おっさん 甘いんだよ! 本気の相手には本気でかかるのが礼儀、剣士のココロだ」
「ニィ君!」





「どしたの?カミサマ、やばいじゃない」
「し・・しかし 彼らは」
「敵だ。闘いが長引くと 散らばっているチームがどんどん集まってくる。
だから、カミサマ、ここは一気に」
「わかった・・・
あ、ニィ君」
「はいっ」
「わし、 すごく うれしいなぁ」
「はいっ?んなこと いってる場合じゃないでしょ!
調子の狂うったら・・・・・俺もです、神」

それからの戦いは本気のぶつかり合いだった。
それでも 神の本気にかなうものはおらず、またニィもその本領を存分に発揮した。

「よし、 ニィ君走るよ!
森を抜けたところに 氷河のこしらえた 自然の回廊がある。
中は迷路だ。そこへ向かおう」
「はい」

ほどなくしてさしかかった沼地で 突き出した泥の手に ニィが足を取られた。
「しまった! モルドだ!」
きづけば あたり一面に生きた土くれ、モルドの手が湧きあがり、
ふたりをとらえて 泥にひきずりこもうとした。
ロキが仕掛けておいた 罠だった。
ニィは大剣を振るが 怨念の塊であるモルドは切り裂いてももとにもどってしまう。
「モルド退治はこれじゃないとね」
オーディーンは白銀の小剣フレイルを手にした。
フレイルで裂かれたモルドは 次々ともとの芥(あくた)にもどっていく。
「いかん、きりがない・・上に逃れるか」
「上は魔族が飛び回っているはずだ」

そのとき白い影のふるった長剣の一振りがモルドを薙ぎ払った。
白い影とおもったのは 銀の長髪。
からだを覆っているマントが翻る。
「片腕の剣士か」
「ルネ・・・」

オーディーンは ニィと剣士を交互に見て 理解した。
そしてそっと ニィの背中を押した。

「また会えると 言っただろ?」
「敵としてか・・・」

ルネは静かに笑っただけで それには答えず オーディーンに目礼した。
そして 剣を上げると一方向を指し
「こちらから 行くといい。追手の隙がある。
あとは まかせて」
「そんなことをすれば、また君はスラブでつらい目にあわないかね」
オーディーンが気遣った。
「大丈夫です。スラブはあなたをアースガルドから追い立てれば
とりあえず満足するでしょう。
大地よりうまれた あなたの息子神たちが残っている。
俺・・・いや わたしは かれらにロキの奸計をそれとなく 伝えましょう。
彼らは騙されて互いを傷つけあった。
しかし騙されていたと知れば 協力して あらたなアースガルドを
あなたが治めていたころのように 復活させることでしょう」
「ほんとうに 君は大丈夫なんだね」
「はい。
・・俺は知ってる。あの人の残忍さの陰にある スラブの地と民への思いを。
オーディーン、やはり あの人は神なのだと、俺は思っています」
「うそだ、ルネ、俺たちと行こう」
「ばかいえ!そんなことしたら スラブは暴走するぞ。
それに・・・ おまえらがいちゃついてる間、俺、どんな顔していればいいのさ」
「しないっ!」
「えー!」
オーディーンが素っ頓狂な叫び声をあげるので
若い魔族たちは 一瞬目をみはり、そして 声を上げて笑った。
オーディーンはそれを見て うれしそうに、静かに言った。
「いや、冗談だ。
君、ほんと、一緒に行かないか。
息子たちの話を聞いて安心した。
もし 不都合があるなら、わしは スラブの前に首をさしだす」
「それこそ きつい冗談ですよ、オーディーン。
いったでしょ。俺だけがスラブの殿の良いところを知ってる。
なのに殿はいつまでたっても・・・愛されることを おそれていらっしゃる」

「ルネ、おまえ ――」
「だから・・・
ニィ。こんどはさよならだ」
「もう 会えないのか」
「生きていればいつか会えるものだ」
「そうか。ならば 生きていよう。再び会うために」
「さ、早く行って! 仲間が来る」

ルネは 二人が駆けていくのを見送った。
そして 自らを適当に切るとそこにうずくまっていた。
ほどなくしてほかの剣士たちがやってきた。
「ルネッ!・・あいつらは?」
「向こうへ」
ルネは二人とは違う方向を 指差した。
しかし 黒騎士たちは動かない。
「ルネ。おまえが傷ついたら俺たちがスラブ殿に叱られちまうよ。
もう帰ろう。彼らはもう 戻ってこられまい。
俺だって 誇り高い最後のアグレアスの者を傷つけたくないしな。
ヴァルハラ殿を尊敬もしていた。
サンクチュアリには二人を見失ったとでも報告すればいい。
ああ、ほんと 神族ってのは やっかいなもんだぜ」
「ありがとう」
黒騎士は小さなルネをひょいと抱き上げると 仲間とともに大空へ飛んだ。









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